RVブームの熱気のなか誕生した2代目スプリンターカリブ。4WDとMTで味わう走りは、日常を越えて気軽な冒険へ誘い、いまなおレジャーの相棒であり続ける。
INDEX
RVブームのはしりに
いま「RV」と聞くと、多くの人はキャンピングカーやSUVを思い浮かべるかもしれない。
だが80〜90年代前半、日本でのRVという言葉はもっと広義でおおらかな響きを持っていた。
レクリエーショナル・ビークル、またはレジャー・ビークル。つまり“遊びに行くためのクルマ”全般を指し、ジャンルや形状は問われなかったのだ。
このスプリンターカリブの2代目が登場したのは1988年。まさにRVブームが立ち上がり、市場が熱を帯び始めた時期だった。
ホンダ・シビックシャトル、日産・サニーカリフォルニア、三菱・リベロ──各社が次々と“遊びワゴン”を投入するなかで、トヨタは自らの強みである安定感と信頼性をベースに、角ばったフォルムにフルタイム4WDを組み合わせ、雪山にもキャンプ場にも似合う“万能レジャーカー”をつくりあげた。
SUVでもクロカンでもない、もっと気軽で柔らかな存在。レジャーへ向かう若いファミリーにとって、カリブは週末の冒険を象徴するクルマだった。
トヨタ車らしい安心感と共に
試乗してまず感じるのは「トヨタらしい乗り味」だ。
良くも悪くも薄い、あるいは丸みを帯びたフィーリング。尖った主張はないが、同年代の他メーカーに比べると安定感があり、トヨタ車としての完成度の高さはすでにこの時代から健在だった。
かつてはその、そつのなさ──本来は褒められるべき安定感や信頼性──が「つまらない」と言われることもあった。
だが30年以上を経たいま、逆にそれが独特のキャラクターとして立ち上がってくる。派手さはなくても安心して身を任せられること。その頼もしさこそが、トヨタが積み重ねてきた歴史そのものなのだ。
それは、現代の道路事情に照らしても実用性は十分。エアコンはしっかり効き、長時間のドライブでも快適だ。
ベースを同じくするカローラワゴンと比べると天井が高く、頭上スペースに余裕があるため、一クラス上の広がりを感じる。横幅は控えめながら、縦方向に伸びる空間は荷物を積むときや、室内での解放感につながる。
その小さな余裕が、週末の荷物や遊び心を自然に受け止めてくれるのだ。
4WDとMTが呼び起こす冒険心
このカリブの大きな魅力は、フルタイム4WDと5速マニュアルを備えていることだ。
ビスカスカップリング式の4WDは、通常は前後に均等にトルクを配分し、スリップが起きると自然に駆動力を分け合う仕組み。電子制御のような精密さはないが、じわりとグリップをつかみ直していく挙動は頼もしい。
それは単に「悪路で安心」という以上のものをもたらす。
むしろその安心感があるからこそ、あえて悪路に入ってみたくなるのだ。林道へとクルマを進め、マニュアルシフトを操りながら砂利道を走ると、都市生活では得られないアドベンチャーが湧き上がる。
もちろん、現代の舗装路でも十分快適に走る。直進安定性が高く、エンジンも扱いやすい。
だがこのクルマの真骨頂は、日常の道から一歩外れた瞬間にある。雪道やキャンプ場へ続く未舗装路──そんなシーンで、ただの移動が遊びへと変わる。
そして、その冒険をより一層ドラマチックにするのがMTである。
オートマ全盛の今となっては希少な5速マニュアル。ギアを選び、回転を合わせ、全身でクルマを操る感覚は、このカリブに“生きた相棒”という表情を与える。
そこに、FMトランスミッターで音楽を流してみる。
この一昔前のガジェットが、むしろこのクルマの空気と馴染む。粗い音質がかえって臨場感を増し、林道を進む冒険心をさらに盛り上げてくれる。
身近なレジャーの相棒
1990年代のRVブームを象徴する存在として、スプリンターカリブは確かな位置を占めていた。スキー、キャンプ、週末のレジャー。クルマは単なる移動手段ではなく、“遊びに行くためのパートナー”だった。
現代のSUVやクロスオーバーに連なる発想を、カリブはすでに体現していた。
だが今になって振り返ると、そこには現代のSUVが持ち合わせない素朴さと気軽さがある。重厚な演出や先進の電子制御ではなく、もっと直接的で、もっと人間的なレジャーの相棒だったのだ。
さらにこの個体は、希少なマニュアル仕様で走行距離わずか2.6万km。
単なる懐古趣味にとどまらず、いま実際に所有し、使えるコンディションを保っていること自体が特別な価値だといえる。
時代を超えても失われない「気軽に冒険へ誘う力」。
スプリンターカリブのハンドルを握れば、思わずどこかへ出かけたくなる。理由はいらない。ただその衝動こそが、このクルマの魅力なのだ。
SPEC
トヨタ・スプリンターカリブ 1.6 RVスペシャル
- 年式
- 1994年式
- 全長
- 4360mm
- 全幅
- 1690mm
- 全高
- 1480mm
- ホイールベース
- 2430mm
- 車重
- 約1200kg
- パワートレイン
- 1.6リッター直列4気筒
- トランスミッション
- 5速MT
- エンジン最高出力
- 115ps/6000rpm
- エンジン最大トルク
- 147Nm/4800rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。