トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

上質さと重厚感が同居するクラシックな空気、沈み込む絨毯の感触──。帝国ホテルを初めて訪れたときのあの感覚を、2代目センチュリーが思い出させてくれた。

上質さと重厚感が同居するクラシックな空気、沈み込む絨毯の感触──。帝国ホテルを初めて訪れたときのあの感覚を、2代目センチュリーが思い出させてくれた。

「帝国ホテルのような」という形容

「帝国ホテル」と聞いて、真っ先に思い浮かべるのはおそらく、日比谷にある帝国ホテル東京だろう。

クラシックなインテリア。すれ違うスタッフの立ち居振る舞い。静けさが音として聴こえるようなロビーの空気。そして、フロア全体を覆う絨毯の、あのやわらかく沈み込むような足ざわり。

その空間に初めて足を踏み入れたときの、どこか圧倒されるような感慨を、今回この2代目センチュリーに乗って思い出した。

トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

実はこのモデル、初めて体験するわけではない。これまでも何度か乗ってきた。

ただしその多くは、公用車などに使い込まれた過走行の個体ばかりだった。20万km超も珍しくないセンチュリーの中古車市場で、今回のような走行6万km台の比較的鮮度の高い個体に出会えることは稀だ。

だからこそ感じたのだ。これは、走る帝国ホテルだと。

トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

日本最高峰という共通点

センチュリーを「帝国ホテルのようなクルマ」と形容することは、決して珍しくない。

その共通点は多くある。要人を迎えるという設計思想。流行に左右されない普遍的な上品さ、重厚感。主張を抑えた日本的美意識。そして、長く培われてきた歴史と信頼。

どちらも日本の最高峰として語られるにふさわしい存在だ。

トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

センチュリーは1997年に、初代から実に30年ぶりにフルモデルチェンジされ、この2代目GZG50型が誕生した。

今回試乗したのは、2012年式。年式で言えば最終型ではないが、装備や仕立てはすでに成熟の域にある後期寄りのモデルにあたる。

以前、現行型(3代目・G60型)のインプレッションでは、V8ハイブリッドによる新たなセンチュリー像を「日本における世界最高」と評価した。もちろんその感覚はいまも変わらないし、現行型センチュリーが素晴らしいクルマであることは、疑いようのない事実だ。

それでも今回試乗した2代目には、それとは別の意味での深みがあった。

静けさの奥にある重みや、しなやかな揺らぎ。そこにこそ、センチュリーならではの乗り味と、帝国ホテルの空気が重なるような深みがあった。

トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

センチュリーだけが持つ密度

この感覚の源となっているのは、やはりV型12気筒エンジンだ。

センチュリーに搭載された1GZ-FE型・5.0リッターV12は、日本の市販車として唯一のV12エンジンであり、トヨタがこの車のためだけに設計した専用ユニットである。

だが、その性能を真正面から受け止め、走り全体の質感として仕立て上げているのが、センチュリー専用設計ともいえる車体構造だ。

トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

モノコック構造が当たり前となっていた時代にあって、このセンチュリーは、ラダーフレーム風の補強を備えたセミモノコックという、セダンとしては異例の構造を選んでいる。

目的は明快で、俊敏性や軽快さではなく、ボディ剛性や遮音性、振動制御といった“静けさの質”を最優先した設計思想にある。

当時の高級セダンは、国内外を問わずフルモノコック構造が主流だった。そんな中で、あえて車体構造に“重さ”と“厚み”を残していたのは、セミモノコックのセンチュリーと、スペースフレーム構造を採用していたロールス・ロイスなど、ほんのわずかな例外だけだった。

トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

サスペンションも、前後ともにダブルウィッシュボーン式。16インチのホイールと厚みのあるタイヤがさらにその設計を補い、路面の突起や段差を、音もなく吸収していく。

こうしたセンチュリーならではの設計や仕立てが、クルマとしての完成度と密度の高さを、ひときわ際立たせている。

トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

そしてこのセンチュリーには、フェンダーミラーやレースのカーテンといったクラシカルな意匠もよく似合う。漂う空気の質感に、そうした要素が絶妙に溶け込み、その全体のバランスが──まるで帝国ホテルのような空気感を、より一層強く感じさせてくれるのだ。

それは、今という時代だからこそ感じ取れる感性なのかもしれない。

トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

歴史の本の一頁を

そんな唯一無二の乗り味を、いまも感じ取れるのは、やはりこの個体のコンディションが良好だからだ。

どんなに優れた設計であっても、くたびれた個体では、その本質を体感することは難しい。状態のいいクルマに乗ってこそ、その車が本来持っている設計の深みや、積み重ねられた哲学が見えてくる。

このセンチュリーは、そのことをあらためて実感させてくれる存在だった。

トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

帝国ホテル東京はいま、大規模な建て替えと再開発プロジェクトが進行している。

日本を代表するホテルが、これからどんな新しい価値を提示してくれるのか──その未来を楽しみに思う一方で、いまの帝国ホテルに触れられる時間が、もう長くは残されていないことを思うと、やはり感慨深い。

それは、クルマにとっても同じこと。モデルチェンジを重ねながら、かつての姿は静かに遠ざかっていく。

けれどクルマには、過去のモデルにいま触れられるという、時間をさかのぼるような体験が許されている。

トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

このセンチュリーがまとう唯一無二の存在感。日本で初めて、そして唯一となるV12エンジンという歴史的価値。

この一台は、いまを生きる私たちが、後世に受け継いでいくべき日本の自動車文化そのものだ。

だがそれは、遺物でも骨董品でもない。いま、目の前にあり、手が届くところに現存している。

そんな、歴史の一頁を自らの手で紡ぐことができるとしたら──このセンチュリーは、その余白を十分に残してくれている。

トヨタ・センチュリー(FR/6AT)歴史の一頁を紡ぐ

SPEC

トヨタ・センチュリー

年式
2012年式
全長
5270mm
全幅
1890mm
全高
1475mm
ホイールベース
3025mm
車重
1990kg
パワートレイン
5.0リッター V型12気筒
トランスミッション
6速AT
エンジン最高出力
280ps/5200rpm
エンジン最大トルク
480Nm/4000rpm
  • 河野浩之 Hiroyuki Kono

    18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。

    著者の記事一覧へ

メーカー
価格
店舗
並べ替え