上質さと重厚感が同居するクラシックな空気、沈み込む絨毯の感触──。帝国ホテルを初めて訪れたときのあの感覚を、2代目センチュリーが思い出させてくれた。
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「帝国ホテルのような」という形容
「帝国ホテル」と聞いて、真っ先に思い浮かべるのはおそらく、日比谷にある帝国ホテル東京だろう。
クラシックなインテリア。すれ違うスタッフの立ち居振る舞い。静けさが音として聴こえるようなロビーの空気。そして、フロア全体を覆う絨毯の、あのやわらかく沈み込むような足ざわり。
その空間に初めて足を踏み入れたときの、どこか圧倒されるような感慨を、今回この2代目センチュリーに乗って思い出した。
実はこのモデル、初めて体験するわけではない。これまでも何度か乗ってきた。
ただしその多くは、公用車などに使い込まれた過走行の個体ばかりだった。20万km超も珍しくないセンチュリーの中古車市場で、今回のような走行6万km台の比較的鮮度の高い個体に出会えることは稀だ。
だからこそ感じたのだ。これは、走る帝国ホテルだと。
日本最高峰という共通点
センチュリーを「帝国ホテルのようなクルマ」と形容することは、決して珍しくない。
その共通点は多くある。要人を迎えるという設計思想。流行に左右されない普遍的な上品さ、重厚感。主張を抑えた日本的美意識。そして、長く培われてきた歴史と信頼。
どちらも日本の最高峰として語られるにふさわしい存在だ。
センチュリーは1997年に、初代から実に30年ぶりにフルモデルチェンジされ、この2代目GZG50型が誕生した。
今回試乗したのは、2012年式。年式で言えば最終型ではないが、装備や仕立てはすでに成熟の域にある後期寄りのモデルにあたる。
以前、現行型(3代目・G60型)のインプレッションでは、V8ハイブリッドによる新たなセンチュリー像を「日本における世界最高」と評価した。もちろんその感覚はいまも変わらないし、現行型センチュリーが素晴らしいクルマであることは、疑いようのない事実だ。
それでも今回試乗した2代目には、それとは別の意味での深みがあった。
静けさの奥にある重みや、しなやかな揺らぎ。そこにこそ、センチュリーならではの乗り味と、帝国ホテルの空気が重なるような深みがあった。
センチュリーだけが持つ密度
この感覚の源となっているのは、やはりV型12気筒エンジンだ。
センチュリーに搭載された1GZ-FE型・5.0リッターV12は、日本の市販車として唯一のV12エンジンであり、トヨタがこの車のためだけに設計した専用ユニットである。
だが、その性能を真正面から受け止め、走り全体の質感として仕立て上げているのが、センチュリー専用設計ともいえる車体構造だ。
モノコック構造が当たり前となっていた時代にあって、このセンチュリーは、ラダーフレーム風の補強を備えたセミモノコックという、セダンとしては異例の構造を選んでいる。
目的は明快で、俊敏性や軽快さではなく、ボディ剛性や遮音性、振動制御といった“静けさの質”を最優先した設計思想にある。
当時の高級セダンは、国内外を問わずフルモノコック構造が主流だった。そんな中で、あえて車体構造に“重さ”と“厚み”を残していたのは、セミモノコックのセンチュリーと、スペースフレーム構造を採用していたロールス・ロイスなど、ほんのわずかな例外だけだった。
サスペンションも、前後ともにダブルウィッシュボーン式。16インチのホイールと厚みのあるタイヤがさらにその設計を補い、路面の突起や段差を、音もなく吸収していく。
こうしたセンチュリーならではの設計や仕立てが、クルマとしての完成度と密度の高さを、ひときわ際立たせている。
そしてこのセンチュリーには、フェンダーミラーやレースのカーテンといったクラシカルな意匠もよく似合う。漂う空気の質感に、そうした要素が絶妙に溶け込み、その全体のバランスが──まるで帝国ホテルのような空気感を、より一層強く感じさせてくれるのだ。
それは、今という時代だからこそ感じ取れる感性なのかもしれない。
歴史の本の一頁を
そんな唯一無二の乗り味を、いまも感じ取れるのは、やはりこの個体のコンディションが良好だからだ。
どんなに優れた設計であっても、くたびれた個体では、その本質を体感することは難しい。状態のいいクルマに乗ってこそ、その車が本来持っている設計の深みや、積み重ねられた哲学が見えてくる。
このセンチュリーは、そのことをあらためて実感させてくれる存在だった。
帝国ホテル東京はいま、大規模な建て替えと再開発プロジェクトが進行している。
日本を代表するホテルが、これからどんな新しい価値を提示してくれるのか──その未来を楽しみに思う一方で、いまの帝国ホテルに触れられる時間が、もう長くは残されていないことを思うと、やはり感慨深い。
それは、クルマにとっても同じこと。モデルチェンジを重ねながら、かつての姿は静かに遠ざかっていく。
けれどクルマには、過去のモデルにいま触れられるという、時間をさかのぼるような体験が許されている。
このセンチュリーがまとう唯一無二の存在感。日本で初めて、そして唯一となるV12エンジンという歴史的価値。
この一台は、いまを生きる私たちが、後世に受け継いでいくべき日本の自動車文化そのものだ。
だがそれは、遺物でも骨董品でもない。いま、目の前にあり、手が届くところに現存している。
そんな、歴史の一頁を自らの手で紡ぐことができるとしたら──このセンチュリーは、その余白を十分に残してくれている。
SPEC
トヨタ・センチュリー
- 年式
- 2012年式
- 全長
- 5270mm
- 全幅
- 1890mm
- 全高
- 1475mm
- ホイールベース
- 3025mm
- 車重
- 1990kg
- パワートレイン
- 5.0リッター V型12気筒
- トランスミッション
- 6速AT
- エンジン最高出力
- 280ps/5200rpm
- エンジン最大トルク
- 480Nm/4000rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。