豪華さも、パワーもない。けれどこのベースグレードのカイエンには、ポルシェらしい“走らせる愉しさ”が残っていた。スペックでは測れない価値に気づける、そんな一台。
素のポルシェを味わえる
初代カイエンの後期型。以前の試乗記で、同世代の「ターボS」を“最上級の存在感”と評したことがある。
今回取り上げるのは、そんな同世代のカイエンの中で最も素朴な存在、ベースグレードだ。
V6自然吸気エンジン、18インチの控えめなホイール、飾り気のない外観。最上級のような豪華さはないし、現代のSUVのように、軽く踏んだだけで巨体が滑り出すような余裕もない。
けれど、そこにこそ「素のポルシェ」としての本質と、このクルマならではの楽しさがあった。
力強さで魅せるのではなく、自分で操作して、走らせる楽しさ。それは、カイエンというクルマの出発点を、いま改めて味わう体験でもあった。
非力だからこそ
現代のクルマは、ほんの少しアクセルに触れるだけで十分に加速してくれる。強力なターボエンジン、電気モーター、トランスミッションの緻密な制御──あらゆる技術が、ドライバーの“楽”を支えてくれる時代だ。
だが、このカイエンは違う。
この巨体に対して、現代の目で見れば控えめな290psの3.6リッター自然吸気V6は、回してこそ本領を発揮する。
だからこそ、アクセルを踏む時間が長くなる。そのぶん、エンジンの音も、クルマが呼吸する感覚も、じっくりと感じられる。
“スポーティ”という言葉では足りない。このベースグレードには、強烈なまでの“スポーツカー感”が宿っていた。
それは、速いからではない。むしろ、非力だからこそ、アクセルを深く、長く踏み込む必要がある。その間ずっと、エンジンの回転が上がっていく過程が、音と振動となって身体に染み込んでくる。
自分で回して、自分で引き出していく──その感覚の濃さが、ポルシェという名前にふさわしい体験として迫ってくる。
圧倒的なパワーで路面をねじ伏せる上位モデルや現代のクルマよりも、この時代のベースグレードのほうが、“スポーツカー”としての純度はむしろ高いのではないか。そう思わされる瞬間が、確かにあった。
大地を掴む走り
この個体には、シンプルな5スポークの18インチホイールが装着されていた。
いまどきのスポーツモデルやラグジュアリーSUVであれば、19〜21インチの大径ホイールと偏平タイヤが定番だ。
しかし、あえてこのサイズ感だからこそ味わえる走りがある。
厚みのあるタイヤがしっかりと地面を掴み、段差では角を丸めながら衝撃をいなす。シャープさや見た目の迫力は控えめかもしれないが、代わりに、どっしりとした接地感と、重心の低い安心感が味わえる。
この“地面を蹴って進む感覚”が得られるのは、カイエンという名の通り、荒地も想定されたシャシーのポテンシャルと、ベースグレードならではの小径ホイールと厚みのあるタイヤの恩恵だろう。
このグレードには、エアサスも可変ダンパーもない。けれどそれは、複雑な制御が介入しないぶん、挙動が読みやすく、足まわりの構造そのものを楽しめるということでもある。
スペックの外にある楽しみ
古い。ベースグレード。装備が地味。
一般的な価値観では、マイナスのラベルが貼られてしまうかもしれない。けれどその“普通さ”の中にこそ、いまでは手に入らない純度の高さが眠っている。
数値や性能を楽しむことも、もちろんクルマの醍醐味のひとつだ。けれど、このカイエンのように、スペックでは測れない魅力に気づくこともある。
視点を少し変えることで、新たな価値が見えてくる──それもまた、中古車を選ぶ楽しみのひとつだろう。
たとえばこのカイエンも、いまなら300万円を切る価格帯で、きちんとした個体を手に入れることができる。3.6リッターの自然吸気エンジン、6速AT、フルタイム4WD。すべてが機械としての信頼性を持ちつつ、走りの味にも妥協がない。
さらにこの個体は、走行距離がわずか1.9万km。年式を考えれば驚くほど少なく、これからの時間をともに過ごしていける余白の大きさも魅力のひとつだ。
エアサスや可変ダンパー、各種電子制御システムといった複雑な機構が少ないぶん、整備性と耐久性にも優れている。10年、15年先までじっくりと付き合える相棒を探すなら、こうしたシンプルな仕様にこそ安心感がある。
スペックを重ねていく喜びもあれば、スペックの外で見つける愉しみもある。この初代カイエン・ベースグレードは、後者の価値を教えてくれる一台だ。
SPEC
ポルシェ・カイエン
- 年式
- 2009年式
- 全長
- 4795mm
- 全幅
- 1930mm
- 全高
- 1700mm
- ホイールベース
- 2855mm
- 車重
- 2150kg
- パワートレイン
- 3.6リッター V型6気筒
- トランスミッション
- 6速ティプトロニックS
- エンジン最高出力
- 290ps/6200rpm
- エンジン最大トルク
- 385Nm/3000rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。