ラグジュアリーSUVの先駆けとなったカイエン。その最上級グレード「ターボS」は、いま乗ってもなお、最上の名にふさわしい迫力と存在感を放っていた。
INDEX
ラグジュアリーSUVが概念だった時代
いまや、ラグジュアリーSUVは高級車市場の主役のひとつだ。各ブランドが先進的なモデルを次々と投入し、フェラーリやランボルギーニ、ロールス・ロイスといったブランドまでもが参入する時代。
SUVはもはや単なる「多目的車」ではなく、ラグジュアリーの新たな表現手段である。ハイパフォーマンスを宿しつつ、快適性と先進性を兼ね備え、ブランドの世界観までも体現する存在だ。
だが、こうした価値観が一般化する前、SUVに「高級感」や「走りの質」を求めること自体が、まだ“概念”だった時代がある。そんな市場に、ポルシェが踏み出したのが2002年。初代カイエンの登場だ。
911を中心に、2ドアのピュアスポーツを作ってきたポルシェが、4ドアのSUVを開発する——それはブランド史上最大の転換点とも言える出来事だった。ファンからの反発も少なくなかったが、ポルシェはその声を承知の上で、明確な意思と戦略をもってこのプロジェクトを推進した。
そして実際に生まれたカイエンは、ただのSUVではなかった。
大柄なボディでありながら、走りの感覚はどこまでもポルシェ。ステアリングの手応え、ブレーキのフィーリング、重厚な足まわり、そして運転席を中心に設計されたコクピット。走行性能とラグジュアリーを両立させる、ラグジュアリーSUVという新たなジャンルに対する、ポルシェなりの回答だった。
そして、2006年のマイナーチェンジを経てラインナップに加わったのが、今回の主役である「ターボS」だ。
ターボの意味
このターボSは、当時のカイエンの中で最上級に位置するグレードとして設定された。550psを誇るV8ツインターボエンジンを搭載し、専用セッティングのサスペンションやブレーキ、大径ホイールを装備。インテリアも、素材と仕立てに一切の妥協がない。
外装色や装備内容、細部の意匠に至るまで、カイエンという挑戦の、その最も高い完成点を示す1台だった。単なるフラッグシップではなく、ポルシェが「SUVをつくるなら、ここまでやる」と示した、明確な基準点として存在している。
今も昔も、ポルシェにおいて「ターボ」というモデル名は特別な響きを持っている。だが、その意味合いは、時代とともに大きく変わってきた。かつて「ターボ」とは、名ばかりの称号ではなかった。
その名のとおり、ターボチャージャーを搭載した特別なユニットを積み、デザインも装備も価格も、すべてが最上級に位置づけられる存在。ポルシェファンにとって、それは憧れの象徴でもあった。
だが時代が進み、環境性能への配慮や燃費規制が厳しくなるなかで、ターボ過給は特別なものではなくなった。いまでは、911も、マカンも、パナメーラも、多くのモデルがターボチャージャーを当然のように備えており、「ターボ」という名前は、実際の過給の有無よりも、グレード階層を示す記号としての役割が強くなっている。
このカイエン・ターボSは、まさに走るためだけの“本物のターボ”だった時代のプロダクトだ。
「最上級」としての完成度
当時のカイエンには、今のように複雑なグレード構成はなかった。ベースグレードの他、S、GTS、ターボ、そしてこのターボS。それは単なるバリエーションではなく、明確なヒエラルキーだった。このクルマは、その頂点として設計された。
21インチの純正オプションホイール、レッドキャリパー、そして巨大な4本出しマフラー。大きな車体と相まって迫力のある造形。それは、単に派手さや華美さを狙ったものではなく、しっかりとポルシェの文脈で設計されたことが伝わってくる。
搭載されるパワートレインは、5.0リッターV型8気筒ツインターボ。最高出力550ps、最大トルク750Nmという数字もさることながら、アクセルを踏み込んだ瞬間に背中へ押し寄せるトルクの奔流、それを伴うサウンドの密度と重量感が圧倒的だ。
速く走るためだけに設計されたターボエンジンが、SUVのボディに詰め込まれている。そして、その迫力は、近年のカイエンとは一線を画している。いや、カイエンだけではない。それよりもワンランク上の、例えばベントレー・ベンテイガなどと比べても、勝るとも劣らない存在感がある。
ステアリングを握った瞬間にわかるのは、車体の大きさから想像するよりも、はるかに明快な応答性だ。重厚でありながら曖昧さがない。ブレーキペダルも、タッチに芯があり、踏力に対する減速感が読み取りやすい。全体の操作系に、SUVとは思えないほどの緊張感と節度がある。まさに、ポルシェのスポーツカーづくりの延長にある感覚だ。
現代のモデルが洗練と制御を極めている一方で、このターボSにはどこか粗削りな力強さがある。ドライバーの意志をストレートに反映し、濃密な加速と音が、感覚を刺激する。
環境性能ではなく、走りの性能そのものにフォーカスしていた時代の「ターボ」──このクルマは、まさにその最後のかたちだ。
時代による違いを味わう
キャビンに足を踏み入れた瞬間、空気の密度が変わる。それはデジタルガジェットの先進性や、イルミネーションの演出とは異なる、素材そのものが発する「本物の存在感」だ。
ブラウンとブラックでまとめられたツートーンのレザー、しっかりと厚みのあるステアリング、スイッチ一つひとつの確かなクリック感。触れるたびに感じるのは、手を抜くことなくコストをかけて仕上げられたという実感だ。
ヘッドレストに刻まれたポルシェクレストのエンボス加工や、リアに備わる個別モニターなど、細部まで丁寧に作り込まれた空間。3.3万kmという走行距離の少なさもあって、このキャビンには、当時の“最上級グレード”らしい佇まいが今なお色濃く残っている。
現代のSUVも、もちろん高級感があり快適だ。最新のカイエンでは、大型ディスプレイやマッサージ機能付きのレザーシート、静粛性に優れたガラスや先進的なライティングが、スマートな快適性を実現している。
だが、その一方で、あの時代だからこそ成立していた質感の贅沢さがあるのも事実だ。厚く、重く、素材で語る設え。演出よりも本質に軸を置いた空間。どちらが上かではなく、時代ごとの美意識の違いを乗り比べてみることも、クルマを楽しむ醍醐味なのかもしれない。
カイエンというポルシェの挑戦の中で、最上級グレードとして仕立てられたこのターボSには、走りに見合うだけの質感と静けさが与えられていた。装備の数ではなく、使われる素材や仕立て、空間全体の密度で語られる上質さ。SUVというフォーマットであっても、ポルシェが譲らなかった「スポーツカーの格」が、この室内からも感じ取れる。
色褪せない魅力
ラグジュアリーという意味では、現代のSUVのほうがはるかに洗練されている。静粛性も快適装備も、技術の進化によって隙がなく、完成度は確実に高まっている。
けれど、このカイエン・ターボSには、時代を超えて色褪せない魅力がある。
ラグジュアリーSUVという言葉がまだ曖昧だった時代に、ポルシェがそれを本気で体現しようとした。その熱量が、いまでもクルマ全体から伝わってくる。スポーツカーづくりで培った技術と思想を、SUVという新しいフォーマットに注ぎ込む。その必然性と無謀さが入り混じったような、あの時代の空気感ごと、このクルマは背負っている。
それだけに、この個体の持つ完成度は際立っている。濃いグレーメタリックの外装と、深みのあるブラウンの内装。3.3万キロという走行距離から想像できるとおり、仕立ての美しさは今も健在だ。あの時代のポルシェが「本気でつくったSUV」を、これほどの状態で味わえる機会は、もうそう多くない。
時代の狭間に現れた、ひとつの到達点として。そして、今もなお色褪せない存在として、このカイエン・ターボSは、ただの昔の高級SUVではない。いま乗るからこそ、味わえる意味がある。
SPEC
ポルシェ・カイエン・ターボS
- 年式
- 2009年式
- 全長
- 4798mm
- 全幅
- 1928mm
- 全高
- 1699mm
- ホイールベース
- 2855mm
- 車重
- 約2355kg
- パワートレイン
- 4.8リッター V型8気筒ツインターボ
- トランスミッション
- 6速AT(ティプトロニックS)
- エンジン最高出力
- 550ps/6000rpm
- エンジン最大トルク
- 750Nm/2250-4500rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。