「最新のポルシェが最良のポルシェ」――ポルシェを語るうえで、よく知られた言葉です。
その時代のトレンドや最新技術を詰め込んだ結果こそが、最良のポルシェである。そんな意味です。
けれど、ときには思うのです。
あの頃に戻りたい、と。
ふと思ったその瞬間に乗り込めば、生産された当時の“最良”で迎えてくれる。911というモデルは、まるでタイムマシーンのような存在です。
今回の主役は、ちょうど20年前に生産された997型。
ついに、約束の年になりました。
997には、ポルシェ史上最高とも言われるコマーシャルがあります。
997に一目惚れした少年がポルシェセンターを訪れ、最新の997を見つめたあと、セールスマンに「20年後くらいに買いに来る」と告げる――そんな内容です。
当時そのコマーシャルを見て、自分自身を重ね合わせたクルマ好きも多かったのではないでしょうか。
このモデルチェンジで印象的だったのは、先代996で空冷から水冷へと切り替わり、一新された911像を、997であらためて整え直したことでした。
もっとも象徴的だったのは、“涙目”“目玉焼き”と呼ばれたヘッドライトを、再び丸目へ戻したことでしょう。
いまでは996も997もそれぞれに人気があります。
それでも当時の世論は、“戻ること”を望んでいました。
そんな時代の空気感まで思い出させてくれるのが、997前期モデルです。
このクルマのグレードはカレラS。
カレラとは、Sが付いただけの一文字違いではありません。
標準のカレラが最高出力325psの3.6リッターエンジンを搭載するのに対し、カレラSは最高出力355psの3.8Lフラット6を積みます。
パワーアップの手法は、排気量そのもの。
数字以上に、ポルシェの実直なクルマづくりが表れている部分と言えるでしょう。
わずか200ccの違いかもしれません。
しかし、その差はクルマの性格をしっかり変えています。
新車当時、カレラとカレラSの価格差はおよそ200万円。
言い換えれば、1ccあたり1万円の贅沢――そんな言い回しすら似合ってしまいます。
走りを楽しませてくれる装備も充実しています。
電子制御ダンパーのPASM、そして横滑りや挙動の乱れを検知し、ブレーキやエンジン出力を自動制御して安定性を高めるPSMを装備。快適性とスポーツ性を高い次元で両立しています。
インテリアも魅力です。
伝統の5連メーターは視認性が高く、ダッシュボード全体のデザインも含めて、あらためてシンプルに磨き上げられています。
人気の左ハンドル仕様で、997前期はティプトロニックSの5速AT。
さらに質感の向上も図られ、ステアリングやシフターまわりにアルミ調のシルバーパーツが増えたのも、この世代からでした。
この個体は、アルカンターラルーフライニングに加え、スライディングルーフも装備。
視界に入る部分だけでなく、見上げた先の質感まで抜かりがありません。
現代のポルシェのイメージで997に近づくと、そのサイズ感にも驚くはずです。
997のボディサイズは、全長4420mm×全幅1810mm×全高1300mm前後。
現行992と比べると、全高こそ近いものの、全長は約10cm、全幅は約4cmコンパクトです。
街中の機械式駐車場では、全幅1850mmがひとつの基準になることも多く、保管環境まで含めて現実的に所有しやすい一台と言えます。
そして今回の個体は、走行1万6000km。
空冷モデルが高騰を続けるなか、この世代はまだ新車価格を大きく超えてはいません。
とはいえ、低走行で状態の良い個体となれば、選べる数は確実に減ってきています。
このタイムマシーンには、20年越しの夢を受け止めるだけのコンディションがあります。
997へ戻ってくる人。
はじめて手にする人。
どちらにとっても、このクルマは“あの頃の最良”で迎えてくれるはずです。

永井陽向 Hinata Nagai
絵本よりも中古車情報誌を隅々まで読み込んでいた幼い頃。それ以来、ずっとクルマに魅せられてきた。高校生の時に初めたInstagram「hinacars」では6年間で2000台以上の写真と解説を投稿。最新モデルから名車と呼ばれるクラシック、そして誰も気に留めないような隠れた一台まで。日々クルマとの新しい出会いがあり、そのたびに胸が高鳴る。その“ワクワク”を、クルマオタクとしての視点で丁寧に言葉へ落とし込みながら、読者のクルマ人生をより豊かにしていきたいと考えている。




















