センチュリーは乗せられるクルマだと思っていた。だが、現行型は違った。自ら走らせたくなるほどに、繊細で力強い。設計思想も、色名ひとつも、すべてが日本の美意識を宿すこの一台に、“真のトヨタスピリッツ”が息づいている。
INDEX
「ドライバーズセンチュリー」
センチュリーは、後席に乗るためのクルマ──そんな先入観があった。主役はあくまで後ろに座る人。運転席は脇役でいい。そういう存在だと思っていた。
今回の試乗では、自らハンドルを握って、東京から京都までを一気に走った。きっかけは軽い興味だったのに、走り終えたころにはその先入観は跡形もなく消えていた。
従来のセンチュリーは完全なるショーファーカー。だが、現行型のセンチュリーは、明らかに違う。運転すること自体が心地よく、積極的に「走らせたい」と感じさせてくれる。もはやドライバーズカーとしての完成度も疑いようがなく、気がつけば京都に着いていた。
もちろん、ショーファーカーとして国内最高峰の一台であることに、疑いの余地はない。だが、それだけでは終わらないのが、現行型のセンチュリーだ。「運転したくなる」この感覚の裏には、V8エンジン+モーターによるハイブリッドという、新たなパワートレインの存在がある。
V12を手放して得たもの
センチュリーは、1997年から20年にわたって、日本で唯一V12エンジンを搭載し続けてきた。しかし、2018年に登場した現行型からは、5.0リッターV8+モーターのハイブリッドへと変貌を遂げた。
V8ハイブリッドへの移行には、当然ながら賛否があった。日本で唯一のV12が姿を消すことに、寂しさを覚えた人も少なくない。それでも、実際に走らせてみれば、静粛性も、滑らかさも、かつてのV12に引けを取らないどころか、むしろ現代の技術によって洗練されている。
その鍵を握るのは、トヨタが長年にわたって磨き上げてきたハイブリッド技術と電気式無段変速機(e-CVT)だろう。この仕組みは、プリウス以来の膨大な知見をもとに熟成され、現行型センチュリーにおいても、上質な乗り味を支えている。
そしてこの完成度の高さは、単なる技術的な成果だけではない。開発陣が長年、日本の道路事情と真摯に向き合ってきた、その思想の結晶なのだ。
日本で使うためだけに
センチュリーは海外市場を一切視野に入れず、最初から最後まで、日本で使うためだけに設計されている。左ハンドルの設定はなく、販売も国内限定。フラッグシップでありながら、ここまでローカルに徹した設計思想は、いまの自動車業界では異色だ。その立ち位置は、世界中を探してもほとんど類を見ない。
もちろん、例外もあった。1998年には、在外公館向けにごく少数の左ハンドル仕様が製造されたことがある。しかしそれも、海外にいる日本人のためのモデル。あくまで日本の思想を世界に持ち出すための、外交的象徴だった。
つまりセンチュリーは一貫して、日本のためのクルマとして作られてきた。世界を狙うのではなく、日本という場所に最適化することこそが使命なのだ。
この発想は、近年のグローバルな商品戦略とは真逆だ。しかし、だからこそ得られる価値がある。日本の都市部の道幅、高速道路の速度レンジ、交通の流れ、さらには日本人特有の礼節や静けさを尊ぶ文化──それらすべてに最適化されたセンチュリーは、日本という場所で乗るならば、間違いなく世界最高峰のクルマだ。
受け継がれる思想
もちろん、ロールス・ロイスのような世界基準のラグジュアリーには、スケール感やブランド力では敵わない部分もある。だが、ただひとつ、日本という局地戦においては、センチュリーはロールスに匹敵する──いや、それ以上の力を発揮する場面すらある。
かつてある開発関係者が「ロールス・ロイスに唯一勝っている」と話していた──そんなエピソードを耳にしたことがある。首都高速を時速60〜80kmで流すように走る場面で、センチュリーの乗り心地は、あの英国車をも凌ぐ・・・と。
真偽のほどはともかく、誰もが認める世界最高のブランドを前にして、そんな逸話が語り継がれるほどには、センチュリーはユーザーからの信頼を得ており、トヨタ自身もこの一台にかける熱意と自負を隠していないのだろう。実際にこの現行型を走らせれば、それが誇張ではないことはすぐにわかる。
高度経済成長を経て、1970年代以降の日本車メーカーは、自国の文化や道路事情に即した“日本らしい高級車”のあり方を本格的に模索しはじめた。欧州のラグジュアリーカーが手本であった時代から一歩進み、各社が自らの価値観に基づいた解釈で独自性を打ち出していったのが1980〜1990年代だ。
それは単なる性能競争ではなく、気候・住環境・交通事情、そして礼節や慎みといった文化的要素にまで配慮したものだった。今、その思想を現代に受け継いでいるのは、間違いなくセンチュリーだけだろう。
しかもそれは、走行性能だけにとどまらない。内装の質感、ソファの手触り、スイッチの感触に至るまで──センチュリーに触れるすべての瞬間に、日本という国が持つ美意識と哲学が息づいている。
色に託された美意識
設計思想だけでなく、与えられた色名ひとつとっても、センチュリーというクルマは、細部に至るまで「日本らしさ」を突き詰めている。今回試乗した個体のボディカラー「飛鳥(ブラキッシュレッドマイカ)」もまた、その象徴のひとつといえる。
黒にも赤にも見えるこの深い色彩は、古代の都・飛鳥の名を冠し、日本的な美意識と歴史への敬意を塗装に込めたもの。昼間は上品な漆黒、夕暮れにはかすかな紅がにじみ、夜には静かに沈む──時間とともに表情を変えるその佇まいは、まるで日本の原風景のように繊細で、詩的ですらある。
トヨタはセンチュリーに与える塗装名に、「神威」「精華」「摩周」「紫翠」など、すべて日本語の美しい言葉を採用している。どれも単なる色名ではなく、自然や文化、神話までも内包した概念だ。
それは、日本の伝統工芸の精神が息づく、内装においても同様だ。今回試乗した個体に採用されているウール内装には「瑞響(ずいきょう)」、本革仕様には「極美革(きわみがわ)」といった、詩的かつ格式ある名が与えられている。単なる素材やカラーバリエーションではなく、触れる者の感性に訴えかけるような名づけがされている点も、センチュリーならではだ。
色も、素材も、触感も、ここまで世界観を醸し出せるクルマは、もはや工業製品の域を超えている。
真のトヨタスピリッツ
トヨタは、極めて堅実なクルマをつくる。コンパクトカーから高級セダンまで、その設計思想は一貫しており、どこまでも“トヨタらしさ”という安心感に包まれている。それは社内基準の厳しさゆえでもあり、言い換えれば、良くも悪くも「尖らない」クルマだ。
だが、それは、トヨタに特別な価値を持つクルマがつくれないという意味ではない。むしろ逆だ。企業である以上、利益を追求することは当然であり、大半のユーザーにとっては、奇をてらうことよりも、日々の信頼性や扱いやすさの方が重要だ。その意味で、トヨタが提供する共通言語のような乗り味は、多くの人々にとって確かな価値を持っている。
けれど時折、そんなトヨタが、あえて“売れること”を脇に置いてまで、持てる技術と情熱をすべて注ぎ込んだ、歴史に残る名車を世に送り出すことがある。古くは2000GT。近年では、今や幻と化したレクサスLFA。そして、今回試乗した現行型のセンチュリーにも、その系譜に通じる気配を確かに感じた。
日本のVIPのために、そして文化の継承のために。売れるかどうかではなく、「つくるべきクルマ」として形づくられたセンチュリーは、いまもトヨタの矜持を守り続けている。
いまやLFAは、手の届かない神話になったが、センチュリーはまだ現実にある。ショーファーカーという肩書きを持ちながら、自らステアリングを握りたくなるこの一台。
“真のトヨタスピリッツ”に触れてみたいなら、一度、このセンチュリーを走らせてみてほしい。
SPEC
トヨタ・センチュリー
- 年式
- 2022年式
- 全長
- 5335mm
- 全幅
- 1930mm
- 全高
- 1505mm
- ホイールベース
- 3090mm
- トレッド(前)
- 1615mm
- トレッド(後)
- 1610mm
- 車重
- 2370kg
- パワートレイン
- 5.0リッターV型8気筒+モーター(ハイブリッド)
- トランスミッション
- 電気式無段変速機(CVT)
- エンジン最高出力
- 381ps/6200rpm
- エンジン最大トルク
- 510Nm/4000rpm
- サスペンション(前)
- マルチリンク
- サスペンション(後)
- マルチリンク
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。