暴力的な速さと、上質な静けさ。そのどちらもがこのクルマの真実だ。E55 AMGは、スーパーチャージャーが奏でる最後のAMGとして、極上と過激という二つの顔をいまも併せ持つ。
最後のスーパーチャージャーAMG
電子制御が支配する時代が来る前、AMGはまだ機械の手応えで速さを語っていた。その転換点に立っていたのが、このE55 AMGだ。
2005年に製造されたこの個体は、2006年に登場する後継のE63 AMGが、新開発の自然吸気V8を搭載する直前、スーパーチャージャー時代を締めくくる存在だった。
搭載される5.4リッターV8エンジンは、476ps/700Nmという桁外れのトルクを誇る。
数値だけを見れば現代のAMGにも匹敵するが、その体感はまったく異なる。アクセルをわずかに踏み込んだ瞬間、空気を裂くようにトルクが立ち上がる。
それでいて、どこか上品なのだ。音や演出で迫るのではなく、淡々と、しかし確実に加速していく。
当時、AMGは「暴力的な速さ」を掲げていたが、そこには理性と矜持が共存していた。後継のE63が高回転自然吸気で洗練の道を進んでいったのに対し、E55は機械的な情熱の残り香をとどめる存在だった。
今の基準で乗ってもなお、古さではなく濃さを感じさせるのは、その純度の高さゆえだろう。
暴力的な速さと極上の乗り心地
走り出してすぐ、このクルマが“この時代にして相当速い”ことを思い知らされる。そして同時に、現代に乗っても十分速いと感じられる完成度にも驚かされる。
スーパーチャージャーの恩恵でトルクは全域から溢れ、どの回転域からでも瞬時に反応する。アクセル操作に対する遅れがなく、全体がひとつの生命体のように動く。それは数値的な速さよりも、反応の質としての速さだ。
さらに印象的なのは、足回りの懐の深さ。
コンフォート・スポーツ・スポーツプラスの3段階の設定を備えた可変サスペンションは、時代を超えてもなお見事な調律を感じさせる。
コンフォートにすれば、Eクラスが本来備える品格と静けさを、より深く感じさせる包容力を見せる。荒れた舗装でもタイヤがやさしく路面を撫で、しっとりとした極上の乗り味で包み込む。
その一方で、スポーツモードに切り替えると一変。重量級のボディがピタリと地面に吸いつき、コーナーの出口では後輪が確かにトルクを捉えている感触が伝わる。
この極上と過激の間を自由に行き来できるレンジの広さ。これこそがこのE55 AMGの最大の美点だ。
C63のような緊張感ある硬質さではなく、上級グレードらしい落ち着きと余裕を持ちながら、踏めば牙を剥く──その二面性が、時を経てもまったく色あせない。
現代の感覚からするとボディサイズはコンパクトで、全幅は1.8メートル強。取り回しもしやすく、現行Cクラスとほぼ同等だ。
しかし乗り味や静粛性、素材の質感は明らかに上のクラスのもの。まさにサイズは中庸、内容は至高と言うにふさわしい。
脚色されない音
今のAMGには、人工的に設計されたエンジン音や電子的なサウンドチューニングがある。
しかしE55の音は、それとは無縁だ。
踏み込んだ瞬間、機械式スーパーチャージャーのうなりが遠くで重なり、V8の低音が厚く、しかし決して過剰ではなく響く。
“鳴らそうとして鳴る音”ではなく、“鳴ってしまう音”だ。
その誠実さが、今ではかえって新鮮に聞こえる。静かな巡航では、エンジンの存在が遠のくほど滑らかだ。
サスペンションのストローク感も絶妙で、高級セダンとしての快適性を保ちながら、走りの芯はしっかりと残している。
さすがにナビ周りには時代を感じさせる部分もあるが、それ以外のデザインや操作系は今見ても洗練されている。
メーターパネルの書体、ウッドと本革の質感、金属パーツの光沢。どれも、2000年代のメルセデスが最も輝いていた頃の造形だ。
このE55を走らせていると、現代AMGの演出された豪華さよりも、この時代の無意識の高品質のほうが心地よく思えてくる。
そうした感覚の違いこそが、E55をいま選ぶ理由のひとつでもある。
“本物のAMG”
E55 AMGを前にして感じるのは、「本物のAMG」とは何だったのか、という問いだ。
それはスペックや速さだけではなく、機械の存在を感じながらも、人間の感覚でコントロールできる絶妙な領域のことだったのかもしれない。
この時代のAMGは、まだ荒削りで、どこか手作業の匂いがあった。サウンドも、乗り味も、すべてが自然に生まれた結果であり、作られたキャラクターではなく、本来持って生まれた個性として存在していた。
E63以降のAMGが精密に進化するほどに、このE55の無垢さは際立っていく。
現行のCクラスほどのサイズ感で、クラシックでもなく、しかし“本物のAMG”を味わえる──そんなクルマは、もはや他にない。
しかもこの個体は、最終ロットかつ走行わずか2.9万kmという希少なコンディション。維持や取り回しの面でも無理がなく、日常に溶け込む現実性を持ちながら、それでいて手にできる機会はごく限られている。
新しいAMGの方が速く、静かで、便利なのは確かだ。けれど、今の時代にあえてE55 AMGを選ぶということは、性能よりも「味」を、効率よりも「手応え」を求めるということだ。
それを理解できる人にこそ、このクルマは本当の意味で応えるだろう。
SPEC
メルセデス・ベンツ・E55 AMG
- 年式
- 2005年式
- 全長
- 4,855mm
- 全幅
- 1,820mm
- 全高
- 1,440mm
- ホイールベース
- 2,855mm
- 車重
- 約1,880kg
- パワートレイン
- 5.4リッターV型8気筒スーパーチャージャー
- トランスミッション
- 5速AT
- エンジン最高出力
- 476ps/6,100rpm
- エンジン最大トルク
- 00Nm/2,750〜4,000rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。