静寂の中に力を秘め、穏やかさの奥で本能が目を覚ます。レンジローバー・オートバイオグラフィ P550eは、電動化の時代における“王者”の新しい在り方を示す。いま、この瞬間の新しさを感じるための一台だ。
過去を塗り替える驚き
レンジローバーという名のクルマを、これまで数多く所有し乗り継ぎながら、長い時間を共にしてきた。
初代の素朴な力強さ、2ndの洗練、3rdの圧倒的な存在感。そして4代目では、静粛性と快適性を高めながら電動化への道を開いた。
いずれもその時代を象徴するラグジュアリーSUVだったが、この新しいP550eに初めて触れたとき、思わず息をのんだ。
一瞬で、すべてが変わった気がした。
過去にも先代のPHEVやスポーツPHEVに乗ってきた。そのとき感じた“電動レンジ”の新しさは、すでに十分印象的だった。
だがこの現行型では、その感動をもう一度——いや、それ以上に強く味わえた。技術の進化が、あのときの驚きを再び鮮明に呼び起こしたのだ。
スタートボタンを押してもほとんど音がしない。アクセルを軽く踏むと、巨大な車体がまるで雲の上を滑るように動き出す。
これまでのレンジローバーに感じていた重厚な静けさではなく、無音の滑走に近いその挙動。
そして、オートバイオグラフィらしい洗練された仕立てに、磨き上げられた内装と直感的に扱える最新のインフォテインメントが調和する。外装の〈ボディカラー名〉は、その穏やかな艶が、未来的な静けさを象徴しているように見えた。
そのすべてが、いまのレンジローバーの到達点であることを示している。
長年レンジローバーに親しんできた者として断言できる。
「いま買うなら、これ一択」——そう思わせるだけの完成度が、このPHEVにはある。
モーターで走る王者の静けさ
ハイブリッドの恩恵が、先代のP400eと比べても想像以上に大きい。
新しいパワートレインは、3.0リッター直列6気筒ターボに高出力モーターと38.2kWhのバッテリーを組み合わせ、システム総出力は550ps、EV航続距離(WLTCモード)は約100kmまで伸びた。
郊外のバイパスを走っているとき、気づけばずっとモーターだけで走行していた。
以前なら中速域でガソリンが割り込んでいたシーンでも、いまはモーターのトルクだけで滑らかに速度を保つ。
モーターのアシストが絶妙で、エンジンとの切り替えももはや意識できないほどシームレス。
先代を知る人なら、この進化に驚くはずだ。あの頃のPHEVは、切り替え時のわずかな違和感があった。だがこのP550eでは、もはやどこから電気で、どこからガソリンなのかがわからない。
EVモードで街を流すときの滑らかさは、もはや静かという言葉では足りない。
動き出す瞬間も、速度を上げる瞬間も、音も振動もなく、ただ景色だけが変わっていく。重さを感じさせないトルクの立ち上がりに、車体の剛性感と足まわりの上質さが完璧に呼応する。
その調和のなかにいると、自分がいま動いているのか、それとも世界の方が流れているのか、境界があいまいになる。
この感覚こそ、P550eがもたらす“静寂の進化形”だと思う。
単にエンジンを止めた静けさではなく、動きそのものが音を必要としない、そんな新しいラグジュアリーだ。
モードを変えれば血が騒ぐ
静かなだけのクルマなら、ここまで心を動かされることはない。
レンジローバーはその名に“王者”の誇りを宿している。ダイナミックモードに切り替えた瞬間、その本能が目を覚ます。
アクセルを踏み込むと、モーターのトルクとエンジンの咆哮が一体となって前へ押し出す。
直列6気筒の音は驚くほど澄んでいて、人工的な演出ではなく、自然な鼓動を感じる。
EVの静けさと内燃機の鼓動が共存するこの感覚は、いまの時代だからこそ味わえる贅沢だ。
以前からレンジローバーのPHEVには静けさという新しい価値が宿っていた。だが、このP550eはその静けさを単に纏うのではなく、自在に操ることができる。
モーターで滑るように走り、望めばエンジンが響き、巨大なボディが俊敏に反応する。穏やかにも、力強くも、意のままに表情を変えるその動きは、静けささえも操るような洗練と余裕に満ちている。
優雅でありながら力を秘めたその挙動は、まさに王者の品格を保ったまま未来へと進む感覚を与えてくれる。
未来への入り口に立つ
このP550eに乗っていると、まもなく登場するであろうピュアEV版レンジローバーの姿が自然と想像できてくる。
電気だけで動く世界の入り口を、ひと足早く体験しているような感覚だ。
静けさと力強さ、理性と感性。そのあいだを絶妙に行き来できるのが、いまのPHEVレンジローバーの魅力だ。
新しいものに触れたいという気持ちは、いつの時代も変わらない。
だが、新しいものを「新しい」と感じられる瞬間は、生まれて間もない今だけしか存在しない。レンジローバー P550eは、まさにその“今だけの新しさ”を全身で味わえる存在だ。
しかも、この完成度を誇るモデルが、いま中古車市場では2000万円前後で手に入る。
登場時はプレミア価格で取引され、3000万円に迫る個体も珍しくなかったことを思えば、この水準は驚くほど現実的だ。
静粛性も走りも、いまだ最先端の域にある。この価格帯で手に入るSUVのなかで、これほど完成度と存在感を兼ね備えたクルマはほかにない。
長い歴史の中で、レンジローバーは常に時代を映してきた。
そしてこのクルマは、電動化という新時代の入り口で、再びラグジュアリーSUVの定義を塗り替えようとしている。
いまこの瞬間にステアリングを握ること——それは、これからのラグジュアリーを先取りするということに他ならない。
SPEC
ランドローバー・レンジローバーオートバイオグラフィ P550e
- 年式
- 2024年式
- 全長
- 5,050mm
- 全幅
- 2,050mm
- 全高
- 1,870mm
- ホイールベース
- 2,997mm
- 車重
- 約2,770kg
- パワートレイン
- 3.0リッター 直列6気筒ターボ+モーター(プラグインハイブリッド)
- トランスミッション
- 8速AT
- システム最高出力
- 550ps・800Nm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。