いかにもなコテコテのデザインで仕上げず、シンプルにかつ大胆に。しかし個性は忘れず。ただ「消費される」デザインとは一線を画す。
控えめであること
レンジローバー、特にL460と称される現行モデルは、英国紳士流のファッションテクストを律儀に織り込んだ傑作だ。
どういうことかというとそれは、控えめであること、ユーモアの感じられること、そして少々わかりづらいこと、である。
順に解説してみよう。
控えめであること、格好をつけていうとアンダーステートメント、は、昨今のレンジローバーブランドに共通するデザインプリンシパルである。
余計なキャラクターラインやデバイスに頼ることなく、面の絶妙な張りでエクステリアを構築する。
インテリアもそうだ。潔く、大胆でいて精緻に構成され、面を贅沢に使っている。そしていずれにしても無駄な飾りがない。もちろんコケ脅しもない。だからシンプルなデザインなのに個性がある。
多くのデザイナーが“やりたくてもできない、させてもらえない”ことを実現している。
世の中でレンジローバーとレンジローバー・スポーツ、レンジローバー・ヴェラールだけが、俗にいう“シンプル・ビューティ”を実現していると私は思う。
だからレンジローバーを3年前に初めてみた時の印象と、今こうして中古車市場に出回った個体をじっくりみた印象とが、さほど変わらないのだ。
つまり、なかなか古くならない。3年程度じゃ新鮮味だって薄れない。透き通った極上の和出汁のように、関心を寄せる好事家のみを魅了する。
フツウの人は気づかない。アンダーステートメントとは、さりげなさでもあった。
ユーモアは後ろ姿に
ユーモアは後ろ姿にあった。しかもそれは最上級モデルのレンジローバーのみに取り入れられている。リア面をぐるっと囲むようなラインにコンビネーションランプを組み合わせたデザイン処理だ。
新しい表現であると同時に、どこかユーモラスで、横一線で半睨みのようなランプのデザイン処理とは違って、親しみが持てる。
後続車両にあまり近寄って欲しくない気持ちもわからないではないけれど、威嚇的でありすぎるのもどうかと思う。その辺りをちょっとしたユーモアを感じさせるデザインで解決した。
ユーモラスといえば実はフロントマスクのバンパーグリル(下方)もちょっと分厚い唇のようで個人的には親しみを持てた。
グリルだけが巨大化する今の風潮に静かな一石を投じているようにも思える。
分かりにくさとは、世間一般の評価と裏腹である。超高級SUVといえば、ロールス・ロイスやベントレー、メルセデスマイバッハなどに“分かりやすい”モデルが存在する。
一般的にはおそらく、メルセデスAMGやポルシェ・カイエン、ランボルギーニ・ウルスなどもそう認識されているだろう。
その点、レンジローバーは少々分かりづらい。知る人ぞ知る感がいまだに残っている。
いわゆる通好みの感覚である。
ランドローバーとイメージがダブってきたからかも知れない。そこで最近ではレンジローバーとディスカバリー、ディフェンダーをはっきりと区分けし、ランドローバーという名前も使わなくなった。
分かりにくさは通(ツウ)を引き寄せるけれども、ブランドとしてはそれだけじゃ勿体無いということだろう。
様々なパワートレイン
レンジローバーには様々なパワートレインの用意がある。
ディーゼル、ガソリン、MHEV、PHEV、そして近日中にはフル電動モデルも登場するという。パワフルな静けさもまたレンジローバーにはよく似合うと思うので、BEVには期待できる。少なくとも電気ゲレンデよりは相性がいい。
もっとも私の好みはピュアエンジン、それもV8搭載のP530である。
L460型には当初からBMW製のN63エンジンが積まれていた。
当代一級のV8ツインターボであることは間違いない。BMWとしてもプラグインを含むフルハイブリッド化に向けてエンジンラインナップを再構築する真っ最中だから、既存エンジンの外部販売には熱心にならざるを得ない。
久しぶりにV8のレンジをドライブした。信号待ちから軽くアクセルペダルを踏んだときの加速フィールがやはり素敵だ。伸びやかな回転フィールとともに、V8のうなりが柔らかく響く。
ちょっと遠くから聞こえる。主張しすぎない、抑制の効いたサウンド。無音も悪くないとは思うが、やっぱり音はあったほうが嬉しい。
乗り心地がまた、音に見合っている。否、音を楽しくきけるよう、できるだけ滑らかに走らせてくれている気さえする。
これもまた、少し分かりづらいかも知れないけれど、クルマとの対話の一つであるだろう。
次の世代がやってきても、控えめに見えるモデルであって欲しいと願うばかりだ。
SPEC
ランドローバー・レンジローバー・オートバイオグラフィーP530 LWB
- 年式
- 2023年式
- 全長
- 5265mm
- 全幅
- 2005mm
- 全高
- 1870mm
- ホイールベース
- 3195mm
- 車重
- 2750kg
- パワートレイン
- 4.4リッターV8ツインターボ
- トランスミッション
- 8速AT
- エンジン最高出力
- 530ps/5500~6000rpm
- エンジン最大トルク
- 750Nm/1850~4600rpm
- タイヤ(前)
- 285/40R23
- タイヤ(後)
- 285/40R23
西川淳 Jun Nishikawa
マッチボックスを握りしめた4歳の時にボクの人生は決まったようなものだ。以来、ミニカー、プラモ、ラジコン、スーパーカーブームを経て実車へと至った。とはいえ「車いのち」じゃない。車好きならボクより凄い人がいっぱいいらっしゃる。ボクはそんな車好きが好きなのだ。だから特定のモデルについて書くときには、新車だろうが中古車だろうが、車好きの目線をできるだけ大事にしたい。