フォルクスワーゲン・ゴルフGLi(FF/5MT)誰かが気づくその前に

飾り気のないデザインと、素直な機械の手応え。見た目も走りも派手さはないが、いま改めて触れると新鮮に映るゴルフ3。特別扱いされていないからこそ、人と被らず、次のネオクラを先取りできる選択だ。

飾り気のないデザインと、素直な機械の手応え。見た目も走りも派手さはないが、いま改めて触れると新鮮に映るゴルフ3。特別扱いされていないからこそ、人と被らず、次のネオクラを先取りできる選択だ。

飾り気のなさそのままに

このかたちを、子どものころに見覚えがある。

丸いテールランプと厚みのあるドア。母が新車のゴルフ3を購入し、嬉しそうに運転していた姿がいまも記憶に残っている。まだ輸入車が特別だった時代、あの頃のフォルクスワーゲンはどこか「憧れのヨーロッパ車」という響きを持っていた。

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いま改めてこのゴルフ3を前にして思うのは、懐かしさというよりも、当時の空気がまだ残っているという感慨だ。

この個体の走行距離は、わずか2万1000km。

90年代特有の質実で飾り気のない造形。ステアリングの革は艶を失わず、ペダルゴムの減りもほとんどない。純正オーディオはいまも作動し、ボタンを押したときのクリック感までもが鮮明に残っている。

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そして、シートに掛けられたレースカバーが印象的だ。

いま見るとノスタルジックなアイテムだが、90年代の日本ではごく普通の装いだった。黄ばみもなく、ほつれもほとんど見られないそのレースが、これまでどれほど丁寧に扱われてきたかを物語る。

内外装の保存状態だけでなく、メカニカルなコンディションも申し分ない。

エンジンの始動性、クラッチのつながり、アイドリングの安定感――どれも整備履歴の積み重ねが感じられる手入れされた機械の感触だ。

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非力さゆえの“スポーティカー”

この個体は、純正のままの5速マニュアル仕様だ。シフトを1速に入れ、クラッチをゆっくりと繋ぐと、エンジンが軽やかに目を覚ます。

2リッター直列4気筒SOHC――スペック上は115ps、トルク166Nm。数字だけ見れば平凡そのものだが、実際に走らせると驚くほどスムーズに回る。非力だからこそ、アクセルを思い切り踏み込める。

街中で全開にしても速度は知れている。それでも心は満たされる。“速くなくても楽しい”という感覚。軽快で、少し頼りなくて、それがまた愛おしい。

このフィーリングは、間違いなくマニュアルでしか味わえない。

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クラッチを踏み、シフトノブを動かし、エンジンの鼓動を掌で確かめる。現代の車では電子制御がすべてを丸め込んでしまうが、ここではまだ人間が主導権を握っている。

この素朴な操作感が、90年代のただのゴルフを、思いがけず“スポーティカー”へと変えてしまう。

そしてもうひとつ、この時代の車らしい美点がある。構造がシンプルなぶん、メカニカルな信頼性が高いのだ。整備士が「壊れないし、直しやすい」と口をそろえるのも頷ける。

この軽やかさと堅牢さのバランスが、ゴルフ3最大の魅力だ。

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量産車としての完成度

これまでゴルフ3は、「地味な存在」とされてきた。

ヤングタイマーやネオクラシックのブームが広がるいま、主役の一人として注目されているのは先代のゴルフ2だ。角ばったデザインと堅牢な造り、そして“ザ・ドイツ車”らしい無骨な存在感。その完成度の高さが、改めて評価されている。

一方で、次の世代であるゴルフ4は、すでにモダン・クラシックとして再評価の波を受けている。
時代を象徴するシンプルな内装デザインや高い静粛性が、現代的な視点からも見直されているのだ。

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そのあいだにある3代目は、どうしても影が薄い。特別に速いわけでも、珍しいわけでもなく、コレクターズアイテムとして注目されることも少なかった。

だが視点を変えれば、ここにこそ次のクラシックの芽がある。

いま、界隈ではこの世代の“普通の車”が再び光を浴び始めている。まだ「壊れない車を作る」ことに全力だった時代の品質。2代目のアナログ感を受け継ぎながらも、内外装の質感を大きく高め、量産車としての完成度を極めていた。

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その実直な作り込みが、いま乗ると驚くほど新鮮に感じられる。

ネオクラの魅力とはただの懐古ではなく、時代を感じさせるデザインや、アナログな運転感覚から生まれる“エモさ”だ。

そしてこのゴルフ3には、いま注目されていないからこそ、次のネオクラとして先取りできる魅力がある。

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注目されていないからこそ

ゴルフ3は、いまの市場ではまだ特別扱いされていない。

だが、すでに良質な個体は減りつつあり、こうしたオリジナルコンディションのマニュアル車は確実に希少になっていく。

華やかさはないが、真摯に作られ、丁寧に維持されてきたクルマ。そのリアルさこそ、いまの時代にいちばん響く。

実用車として完成され、いま見ても破綻のないデザイン。その誠実さが、ゴルフ3を次のクラシックへと押し上げていく。

フォルクスワーゲン・ゴルフGLi(FF/5MT)誰かが気づくその前に

そしていまなら、まだ誰も注目していないからこそ、人と被らずにこの時代の空気を纏える。“次のネオクラ”を先取りできる数少ない一台だ。

ゴルフ3は、クラシックカーと呼ぶにはまだ早い。

だが、その“まだ早い”という曖昧ないまこそが、最も自由に、そしてスタイリッシュに楽しめる瞬間なのかもしれない。

フォルクスワーゲン・ゴルフGLi(FF/5MT)誰かが気づくその前に

SPEC

フォルクスワーゲン・ゴルフ GLi

年式
1997年式
全長
4,045mm
全幅
1,695mm
全高
1,420mm
ホイールベース
2,475mm
車重
約1,150kg
パワートレイン
2.0リッター直列4気筒
トランスミッション
5速MT
エンジン最高出力
115ps/5,200rpm
エンジン最大トルク
166Nm/3,200rpm
  • 河野浩之 Hiroyuki Kono

    18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。

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