中古市場でベースグレードと肩を並べる価格帯に現れた、マカンS。SUVでありながら、走りも音もポルシェらしさが濃く残る一台だ。いま、このSを選ぶという判断が、驚くほど自然に思えてくる。
分かりやすい魅力
中古市場を眺めていると、ときどき不思議な瞬間に出会う。
本来は明確に格が違うはずのグレード同士が、ほとんど同じ価格帯に並んでいる場面だ。
この世代のマカンも、まさにそういう状況にある。
新車時には明確に差があったグレード同士が、時間を経て同じテーブルに置かれる。そこであらためて問われるのは、序列ではなく、中身だ。
同じ価格で選べるとき、どちらがより多くの満足をもたらすのか。
このマカンSは、その問いに自然と答えが見えてくる存在だ。
走りに不足はなく、音もあり、装備も充実している。GTSやターボに手を伸ばさなくても、日常からワインディングまで、欲しい要素はほぼ揃っている。
同じ予算で、より濃いポルシェを選べる。いまのマカンSは、そんなごく単純で分かりやすい魅力を手に入れている。
この水準にマカンSがいるという事実は、クルマ好きにとって、やはり見過ごしにくい状況だ。
SUVの皮を被ったスポーツカー
走り出してすぐに分かる。このクルマは、SUVの文法で作られていない。
ステアリングを切った瞬間の初期応答、ノーズの入り、姿勢の作り方。そのどれもが、重たい車体をいなしているという感覚とは違う。むしろ、軽快に振り回せるスポーツカーに近い反応だ。
500万円前後で買えるSUVという枠で見たとき、これほど走りに“密度”を感じさせるクルマは他に思い当たらない。
別の稿でも触れたが、この感覚は「5人乗りのケイマン」に近い。ドライバーを中心に据えたシャシー感覚が、常に体の中心に残る。
マカンは「カイエンをコンパクトにした存在」だと思われがちだ。だが実際に乗ると、その表現がいかに的外れかが分かる。
カイエンが“余裕”を軸に設計されたクルマだとすれば、マカンは“反応”を軸に作られている。サイズが小さい分、ポルシェの思想が薄まるどころか、むしろ凝縮されている印象すらある。
大きさではなく、濃度。
マカンSは、ポルシェというブランドの運動性能を、最も無駄なく味わえる器なのかもしれない。
V6エンジンがもたらすもの
マカンSを選ぶ理由は、単純な速さだけではない。エンジン音の存在も、このクルマの納得感を確実に引き上げている。
2.9リッターV6ツインターボは、ただ静かで効率的なだけのユニットではない。踏み込めば、低音に厚みのあるサウンドが立ち上がり、回転の上昇とともに明確な高揚感を伴う。
日常域でも、きちんと“走っている実感”がある。
対照的に、ベースグレードはどうしても音の面で寂しさが残る。性能として不足があるわけではないが、感情を揺さぶる要素が少ない。
ポルシェに乗るという行為には、走りの正確さだけでなく、音や鼓動といった感覚的な部分も含まれているはずだ。
その意味で、このマカンSからは、ポルシェらしさが素直に感じ取れる。
速さを誇示するわけでもなく、過剰に演出するわけでもない。それでもアクセルを踏むたびに、ポルシェに乗っているという納得感が確かに残る。
通好みの一台
この個体が魅力的なのは、走りだけではない。選ばれた装備からは、通好みの落ち着いた方向性がにじんでいる。
多くの人にとって象徴的な存在であるスポーツクロノは装着されていない。見た目の演出としては分かりやすい装備だが、日常でその価値を使い切れる人は案外少ない。
一方で、この個体にはPSCBが選ばれている。制動性能はもちろんだが、ブレーキダストがほとんど出ないという点は、日常での満足度を確実に引き上げる。白いキャリパーから感じ取れるのは、速さを誇るためというより、使い続けることを前提にした目線だ。
そういったオプションの取捨選択が、派手さに頼らないこの個体の魅力につながっている。
ボディカラーはカーマインレッド、シートもレッドレザー。
派手ではあるが、品がある。ポルシェらしい色の組み合わせであり、自己主張というより、美意識の表現に近い。
速さを語るための一台ではない。分かる人が、分かる理由で選んだクルマ。
マカンS後期という存在は、いまの中古市場において、最も“賢い選択肢”のひとつだと素直に思える。

河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。



















