ガソリンエンジン最終型となるマカンGTS。2.9リッターV6ツインターボの牙を備え、SUVの姿にスポーツカーの本質を宿す。
ガソリン最終マカン
エンジンに火を入れると、2.9リッターV6ツインターボが目を覚ます。
マカンがデビューしてからおよそ10年。その歴史を振り返ると、これが最後のガソリンエンジン搭載マカンかと思うと感慨深い。
ポルシェは2021年のフェイスリフト時に、この世代を内燃機関の最終と位置づけ、そして2024年には次期マカンを完全EVとしてデビューさせた。いま目の前にあるこのエンジン音は、時代の節目を告げる響きでもある。
カタログ値で440psを発揮するそのユニットは、数字の強さよりもレスポンスの速さで印象を刻む。アクセルをわずかに踏み込むだけで車体は確かに前へ押し出され、トルクが均等に積み上がっていく。
ボディサイズを忘れるほどの一体感があり、操っている感覚はむしろコンパクトなスポーツカーに近い。回転の上昇に濁りがなく、直線的に伸びていく様はまさにポルシェ的だ。
交差点を右に折れるだけでも、他のSUVとは違う緊張が漂う。
ステアリングを切ると、余分な遊びはなく、鋭く鼻先が進行方向を捉える。重量級のSUVにありがちな遅れは感じられず、しっかりと前輪に荷重がかかり、ボディが一体となって曲がる。
ほんの時速40km程度のコーナリングでも、スポーツカーの血が確かに息づいていることを体が理解する。
こうした挙動を可能にしているのは、GTS専用のチューニングが施されたエアサスペンションとPASM(ポルシェアクティブサスペンションマネジメント)だ。路面状況に応じて瞬時に減衰力を切り替え、街中では柔らかくいなし、ワインディングでは引き締まった足取りを見せる。
SUVとしての実用性と、スポーツカーとしての鋭さを両立する仕組みが備わっている。だからこそ、この車に触れていると、便利さを求める日常と、走りを楽しむ本能のどちらも手放さなくていいのだと実感させられる。
GTSの意味
この個体は、現行のガソリンマカンにおける最上グレードのGTS。
ポルシェにおいて「GTS」を冠する意味は明確で、単なる装飾ではなく、走りの核心に最も近づけられた仕様を示す呼称だ。
しばしば「ターボ」グレードと比較されるが、GTSはその下位互換ではない。ターボがシリーズ最強のスペックと万能性を象徴するフラッグシップだとすれば、GTSは純度の高いドライバーズカーとして、より濃密に走りを味わうための立ち位置を担っている。
それは、このマカンGTSにおいても明確だ。
Sと同じ2.9リッターV6を搭載しながらも、パワーは引き上げられ、足回りは専用セッティングが施される。排気系もチューニングされ、低回転域から深みのある音を響かせる。
また、GTSに備わるPSCB(ポルシェ・サーフェス・コーテッド・ブレーキ)は、制動力の強さだけでなく、ドライバーに余裕をもたらす存在でもある。特別なコーティングによってブレーキダストを抑え、応答性を常に一定に保つ仕組みだ。
本来はレッド塗装のキャリパーが組み合わされるが、この個体にはブラックのキャリパーが与えられている。鮮やかなオレンジのボディカラーと相まって、むしろ引き締まった精悍さを際立たせているように見える。
足元から漂うその迫力が、マカンGTSという存在の力強さをさらに印象づけている。
ケイマンに後席を与えたような
走り出してすぐに思い出すのは、ポルシェのミドシップスポーツ、ケイマンだ。
マカンはそのDNAをSUVのパッケージに落とし込み、4人が乗れる空間を加えたような存在に感じられる。車高は高く、視点もSUV的なのに、ドライバーが受け取る感覚は徹底してスポーツカーのそれだ。
ステアリングを切り込んだ瞬間の正確さ、加重がかかったときのロールの少なさ、そして路面を押さえ込む剛性感。これらはすべて、スポーツカーの文法に則った動きだ。
ワインディングを流すと、SUVに乗っていることを忘れてしまうほどに自然で、違和感がない。
アクセルを開ければターボらしい厚みのある加速が背中を押し、コーナー出口ではPTV Plus(ポルシェ・トルク・ベクタリング・プラス)が後輪に最適なトルクを振り分けることで、軽快にラインを描き出す。
その様は、まさにマカンの名の由来となった虎にぴたりと重なる。俊敏さと力強さを併せ持ちながら、無駄のない身のこなしで走り抜けていく姿がそこにあった。
マカンからの贈り物
この個体を特別なものにしているのは、パパイヤメタリックのボディカラーだ。そのネーミングもインパクトがあるが、実車も見る角度や光の具合で表情を変え、強い個性を放つ。
スタンダードな色も落ち着きがあっていいが、こうした鮮やかなトーンはやはり、ポルシェのスポーツカーらしさが漂う。視界に飛び込んできた瞬間から気分を高め、ドライバーを自然とやる気にさせてくれる色味だ。
街中でも山道でも、一度見れば忘れられない存在感を放ち、GTSというキャラクターをより濃く映し出している。
そもそもマカンは、カイエンを縮小しただけのSUVではない。デビュー当初からポルシェらしいスポーツSUVとして独自の道を歩んできた。
そしてこのガソリン最終のGTSは、その名の通り虎のように俊敏で力強く、SUVの形をしたスポーツカーそのものだ。
電動化の波が押し寄せる時代に、最後に残されたこの牙を持つモデルを操ること自体は、これから先、何年経ってもできるだろう。だがそれを、最新であり最良の状態で体験できるのは、この瞬間にしか許されない愉しみだ。
そのひとときこそが、ガソリンエンジン最後という少しの感傷とともに、このマカンが与えてくれる最上の贈り物なのだろう。
SPEC
ポルシェ・マカンGTS
- 年式
- 2024年式
- 全長
- 4,726mm
- 全幅
- 1,922mm
- 全高
- 1,596mm
- ホイールベース
- 2,807mm
- 車重
- 約1,975kg
- パワートレイン
- 2.9リッター V型6気筒 ツインターボ
- トランスミッション
- 7速PDK
- エンジン最高出力
- 440ps/5,700〜6,600rpm
- エンジン最大トルク
- 550Nm/1,900〜5,600rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。