• ジャガー / Fタイプ 75 P450 (2022)

大人になったV8

刺激を求める若さではなく、振る舞いを選べる大人の余裕。モータースポーツと紳士の国で磨かれたそのV8は、ドライバーを楽しませる術を知っている。

by HIROYUKI KONO
ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

意外な落ち着き

エンジンをかけ、ふと思った。「これ、3リッターだったっけ?」

あの勇ましい、いや、勇ましすぎるほどの5リッターV8サウンドを思い浮かべながら乗り込んだ。過去のFタイプを何度も経験してきた身からすれば、同じエンジンとは思えないこの落ち着きは意外だった。

あの、地を揺らすような勇ましい咆哮はどこへ行ったのか。しかし、その答えは少し後にやってきた。

ダイナミックモードに切り替え、ストレートでアクセルを深く踏み込んだ瞬間、クルマが豹変する。エグゾーストバルブが開き、低く、濃密なサウンドが一気に広がる。5リッターV8の本性が、ようやく顔を出した。

ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

確かに、前期型の方が音は派手で、加速の立ち上がりにも荒々しさがあった。それに比べれば、この後期型はずいぶんとマイルドだ。

最初はそのマイルドさに拍子抜けしたのも事実。だが、これは単なる演出の削減ではない。

むしろ、「スポーツカーとしてのもうひとつの正解」が、ここにあるように感じられた。

ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

TPOをわきまえて

かつてのFタイプV8は、その存在を音で誇っていた。

エンジンをかけた瞬間に、周囲の空気が変わる。それが魅力でもあったが、同時に「日常では少し疲れる」と思うこともあった。

それがこの後期型では、以前のような誇張が一歩引いたように感じられた。

アイドリングは穏やかに、回転上昇もスムーズに。エグゾーストバルブの開閉タイミングもより慎重に制御され、すべてが過不足のないバランスに仕上がっている。

ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

その変化をどう捉えるかは人それぞれだ。「物足りない」と感じる人もいるかもしれない。

だが少なくとも、これは確実に「大人が乗れるスポーツカー」になった。

乗りやすくなったぶん、使えるシーンは格段に広がる。

街中や住宅街では呼吸を潜め、郊外のワインディングに差し掛かれば、排気バルブが開き、控えていた咆哮が解き放たれる。

踏めば吠えるが、踏まなければ黙っている。

かつてのように、常に全開である必要はもうない。

ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

そうしたTPOに応じた振る舞いを手に入れた今、このV8はようやく「大人になった」と言えるのかもしれない。

そしてその性格に、ボディカラーのゴールドが絶妙にマッチしていた。

この淡いゴールドは、誰もが選ぶ黒や白とは違う。定番ではない色を、さりげなく着こなすような、そんな洒落た選び方。

赤いレザーとの組み合わせもまた、目の肥えた大人の装いそのものだ。その対比が、この個体をより魅力的に見せていた。

ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

楽しませ方を知っている

Fタイプの魅力は、走り込んでからではなく、乗ってすぐにやってくる。

ジャガーは、運転をどう楽しませるかを本能的に理解している。

ステアリングを握った瞬間、ペダルに足を乗せた瞬間、すでに“楽しい”が始まっている。

この感覚は、たとえばポルシェのような、時間をかけて本質を見せてくるタイプのスポーツカーとは対照的だ。ポルシェの楽しさは、乗り込むほどに理解が深まり、やがて愛着が湧いてくる類のもの。

ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

一方このジャガーは、最初から心を掴みにくる。だがそれは、決して軽薄な演出ではない。

ステアリングの手応え、着座姿勢のタイトさ、アクセルのわかりやすいレスポンス。すべてが直感的で、身体が自然に反応する。

エンジンの存在を感じつつも、それに振り回されることはない。距離感の取り方がちょうどいい。

まるで、初めて会ったのに昔からの友人のような、そんな安心感がある。

ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

モータースポーツの土壌が深いイギリスでは、スポーツカーとは「速さ」よりも「感覚」を重んじる文化がある。

そしてジャガーは、そんな文化の中で“ドライバーをどう楽しませるか”ということを、長く考え続けてきたブランドでもある。

このFタイプにも、その血は確かに流れている。

「人を“ノセる”のがうまい」

このクルマにもっともふさわしい言葉だと思う。

ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

ノスタルジーではなく

Fタイプ 75──その名が示すのは、ジャガー創業75周年を記念した、節目のモデルであるということだ。

多くのブランドが過去の名車にオマージュを捧げる中で、このクルマは“終わり”よりも“完成”を思わせる仕上がりを見せていた。

確かに、これがジャガー最後のエンジンスポーツになる可能性は高い。

だがこのクルマは、そうしたノスタルジーに依存せず、あくまで「今、乗って気持ちいいクルマ」として成り立っている。

ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

速さを競わず、音で威圧せず、美しさをまとい、扱いやすさと非日常性を両立させる。

そのバランス感覚にこそ、ジャガーというブランドの哲学が宿っている。

そんなスポーツカーは、意外と少ない。このFタイプ 75は、その希少な答えのひとつだと思う。

ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

そうでなくとも、クルマという文化そのものが電動化という転換点を迎え、大排気量エンジンは確実に姿を消しつつある。

ジャガーも例外ではなく、Fタイプはすでに生産を終え、今後は完全EVブランドへ移行する。

そんな時代に、5リッターV8を味わえる機会そのものが、すでに貴重なのだ。

クラシックになる未来を待つよりも、いまのうちに味わうべき一台として。

ジャガー・Fタイプ 75 P450(2022)大人になったV8

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