ひとつの時代が幕を閉じる瞬間。そのフィナーレを飾るように送り出されたFタイプには、ジャガーの哲学と、終章にふさわしい完成度、そして純粋なドライビングの歓びが詰まっていた。それは、ピュアEVブランドへと移行するジャガーが、未来へ手渡す最後のエンジンスポーツだ。
INDEX
最後のエンジンスポーツ
2024年、ジャガーはFタイプの生産終了を発表した。
すでに「2025年からはEV専業ブランドへ移行する」と宣言していたジャガーにとって、それは避けられない一歩だった。ブランド全体が電動化へと進むなかで、Fタイプは内燃エンジンを搭載する最後のスポーツカーとして、その幕引きを託された。
だが、名残惜しさばかりを強調するのは、このクルマに対して失礼だ。なぜなら、いま目の前にあるこのFタイプは、その終幕にふさわしいほど、見事に仕上がっているからだ。
走行距離わずか300km。漆黒のボディと20インチのホイール、パノラマルーフがスポーツカーとしての存在感を際立たせる。そして、Rダイナミックの名に違わぬ、研ぎ澄まされた加速。
ジャガーのスポーツカーが、ここにきてひとつの完成にたどり着いた──そんな思いすら抱かせる一台だ。
乗る前から高まる
Fタイプが初めて登場したのは2013年のこと。以来、スポーツカーらしいロングノーズ・ショートデッキのプロポーションを守りつつ、着実な進化を重ねてきた。
特に2020年のフェイスリフトでは、縦型だったヘッドライトがより薄くシャープなJブレード型に改められ、フロントフェイス全体が現代的で精悍な印象へと生まれ変わった。
今回試乗した2024年モデルは、その後期型の流れをくむ、モデル最終年の1台。最終だからといって、大きく変わったわけではない。けれど、不思議と成熟し切った空気を感じさせるのは、これが「最後のFタイプ」だという感傷のせいだけではないだろう。
低く構えたフロント。地を這うように伸びたライン。光を吸い込む漆黒のボディは、どこからどう見ても正統派スポーツカーそのものだ。ドアを開ける前から、すでに気持ちは走り出している──そんなふうに、乗る者の気分を自然と引き上げてくれる雰囲気を纏っている。
そして何より印象的なのが、サウンドだ。
アクセルを踏み込むと、2リッターのエンジンとは思えないサウンドが、こちらの気分をぐっと引き上げてくる。このあたりの演出のうまさは、ジャガーが長年スポーツカーを作り続けてきた歴史の結晶と言っていい。走り始める前の高揚感を、見事にチューニングしている。
最終の完成度
このFタイプに搭載されるのは、300ps/400Nmを発生する2リッター直列4気筒ターボエンジンだ。数値だけを見れば、このボディサイズに対してはやや控えめにも映るかもしれない。しかし実際にステアリングを握ると、その印象はすぐに覆される。
ドライブモードを「ダイナミック」に切り替えた瞬間、Fタイプのキャラクターが一変する。ステアリングの応答性やサスペンションの張りが明らかに変わり、2リッターとは思えないほどの勇ましさと力強さで加速していく。
基本的なエンジン構造は、2017年のマイナーチェンジで初採用された2.0リッターターボと同じだが、後期型ではECU制御やアクセルレスポンス、サウンド演出のチューニングが見直され、同じユニットとは思えない仕上がり。また、それを受け止めるボディと足まわりも、着実に進化している。リアまわりの剛性強化に加え、ダンパー設定や電動ステアリングのリセッティングによって、走りの質感がより洗練された。
前期型では、ときに唐突さや曖昧さとして現れていた挙動の“雑味”が、この後期型では見事に整えられ、ひとつひとつの動きが洗練されたような感覚がある。全体の挙動がひとつにまとまり、運転していて「思った通りに動く」という安心感がある。
デビューから約10年の歳月をかけて、煮詰められてきた完成度の高さ。そして、「これが最後」という宿命を帯びたこの2024年モデルには、ジャガーのスポーツカーづくりに対するすべてが注ぎ込まれている。
Grace, Space and Pace
なぜこのクルマは、ここまで気分を高揚させるのか。それは性能うんぬん以前に、文化としてのスポーツカーが、Fタイプには染み込んでいるからだろう。
イギリスという国は、モータースポーツの土壌が深く、スポーツカーというジャンルそのものが生活の中にある。ジャガーもまた、XKやEタイプといった名車を通して、その文化の担い手であり続けてきた。
ジャガーは創業当初から「Grace, Space and Pace(優雅・空間・走り)」という言葉を掲げ、単に速いだけではなく、「どう感じさせるか」を何よりも大切にしてきた。走り出す前のサウンド、コーナーの手応え、視界の抜け感に至るまで、そのすべてが、ドライバーの感情を揺さぶるスイッチとして、緻密に設計されている。
このFタイプにも、そうした文脈がしっかりと息づいている。黒革のシートに身を沈めると、グラスルーフ越しに空が広がる。内装のタイトさとは裏腹に、視界には伸びやかな空間があり、走りに開放感を与えてくれる。
メリディアンサウンドシステムや最新の12.3インチディスプレイといった装備も充実しており、ピュアスポーツとしての本質を貫きながら、現代的な快適さとラグジュアリーもしっかりと備えている。
速さだけではない、「Grace」という言葉に象徴されるジャガーの美学が、このクルマにも受け継がれている。
未来のクラシック
Fタイプの「F」という名は、1960年代に登場した名車、Eタイプに由来している。あの美しいロングノーズとリアの曲線は、今もなお世界一美しいクルマのひとつとして語り継がれている。その後継としてFタイプが世に出たのは2013年。Eタイプの生産終了から、実に40年近い時を経ての復活だった。
ジャガーがFタイプに込めたのは、単なるオマージュではなく、ピュアスポーツへの再定義だった。だからこそ、Eの次に与えられたアルファベットは、歴史の継承であると同時に、新たな時代への意思表示でもあった。
そしてこの個体は、そんなFタイプのラストイヤーに生まれた1台だ。走行距離はわずか300km。新車保証も継続中で、まさに“新車同然”のコンディションを保っており、これから長く楽しめるクルマだ。新車時には1000万円を超えていた価格も、現在の中古市場では落ち着きを見せており、状態を考えれば魅力的な選択肢となっている。
しかしそれ以上に、今この状態で手に入るということ自体に、数字を超えた価値があるのかもしれない。なぜならこれは、Fタイプという名を冠する最終年のモデルであり、ジャガー最後のエンジンピュアスポーツだからだ。エンジンスポーツカーという長い物語の終章を飾る1台であり、ひとつの時代に幕を下ろす存在でもある。
仮にいつか、“Gタイプ”という名のクルマが登場したとしても、それがいつになるのかは定かではなく、そのときに味わえるドライビング体験は、きっとこのFタイプとはまったく別のものになっているはずだ。
最後のFタイプに乗るということ。
それは、ジャガーが込めた伝統と技術、そして走りへの情熱を、未来へと手渡すこと。過去への敬意であり、未来への贈り物でもある。
10年後、20年後に振り返ったとき、このFタイプが“未来のクラシック”として語られる姿が、目に浮かぶようでならない。
SPEC
ジャガー・FタイプRダイナミッククーペ
- 年式
- 2024年式
- 全長
- 4470mm
- 全幅
- 1920mm
- 全高
- 1310mm
- ホイールベース
- 2622mm
- 車重
- 1550kg
- パワートレイン
- 2.0リッター直列4気筒ガソリンターボ
- トランスミッション
- 8速AT
- エンジン最高出力
- 300ps/5500rpm
- エンジン最大トルク
- 400Nm/1500〜4500rpm
- サスペンション(前)
- ダブルウィッシュボーン
- サスペンション(後)
- インテグラルリンク
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。