2リッターモデルでは見えなかったジャガーらしさが、このSグレードにはある。Fタイプ譲りのV6としなやかな足まわり、そしてオプションカラーが映える個体。知る人ぞ知る、隠れた名車に出会えた。
まるで別物
ジャガーXEという車名を聞いて、明確なイメージを思い浮かべられる人はそう多くないかもしれない。いわゆるDセグメント──BMW3シリーズやメルセデスCクラス、アウディA4といった強豪ひしめくステージで、XEは必ずしも目立つ存在ではなかった。
筆者も以前、2リッターのモデルに乗ったことがある。静かで滑らかで、真面目なつくりのセダンだった。ただ、足まわりは少しバタつきがあり、ステアリングの応答もどこか曖昧で、期待していた“ジャガーらしさ”──あの、走りに漂う色気のようなものは感じられなかった。
だからこそ、この「S」に乗ったときの衝撃は大きかった。同じ車名を冠しながら、これはまるで別物だった。
乗り出した瞬間にわかる。しなやかで、落ち着いていて、芯がある。足元が路面に吸い付くようで、しかもそのすべての挙動が自然なのだ。いわゆる猫足と呼ばれるような、柔らかさの中に芯のある乗り味。それでいて、不安定さはまったくない。
あのとき感じた、完成度は高いが印象に残りづらいセダンとは対極の、純粋なドライビングマシンがそこにあった。
Fタイプ譲りのしなやかさ
このしなやかさには、明確な理由がある。
XEは、Fタイプの開発を通じて生まれた高剛性のアルミプラットフォームをベースにしている。前後サスペンションにはダブルウィッシュボーンとインテグラルリンクを採用し、FRレイアウトと50:50に近い理想的な重量配分が、もともとの設計思想に組み込まれている。
構造だけを見れば、すでにこの時点で走りの資質は備わっていた。ただし、それをどこまで引き出すかはセッティング次第だ。
2リッターモデルは、快適性と扱いやすさを優先したセッティングが施されており、ステアリングフィールや足まわりも穏やかでフラットな方向にまとめられている。それはそれで上質な仕立てだったが、動かして楽しいという感覚はやや控えめだった。
それに対してこのSグレードは、その資質を無駄にすることなく使い切っている一台だ。
搭載されるのはFタイプの前期モデルと共通の3リッターV6スーパーチャージャー。スペック上は340ps/450Nm。踏んだときのリニアなトルク感と、回転とともに変化していくサウンドの表情が魅力的だ。ベースグレードに搭載される2リッター直4ターボでは得られない、官能性がある。
ブレーキもフロントにはブレンボ製の4ピストンキャリパーが装備され、制動力とタッチの両立が図られている。足まわりのセッティングも一線を画す。ダンピング特性はスポーツ志向に再調整され、引き締められていながらも決して硬すぎず、コーナーでは適度にロールを許しながら、スッと収束していく。
同じXEという名前を冠していても、2リッターモデルとはキャラクターがまったく異なる。R-DynamicやHSEも仕立ての良さと上質な乗り味を備えているが、“Fタイプの血統”をそのまま継いだV6+猫足の組み合わせは、Sだけの特権だ。
このパッケージでしか味わえない、ジャガーらしい高揚感がある。
仕立てからも感じる
この個体がまとうオプションカラーの「イタリアンレーシングレッド」は、深みのある赤で、角度や光の加減によって表情が変わる。派手だが、どこか落ち着いた艶があり、そこに独特の“色気”を感じさせる。落ち着いたボディラインと組み合わさることで、このクルマの雰囲気をより引き立てていた。
20インチの大径ホイールに、赤いブレーキキャリパー。フロントバンパーまわりも引き締まった印象で、全体として躍動感のある仕立てになっている。
また、この個体には、赤のアクセントが効いたハーフレザーシートが装備されており、視覚的なスポーティさと、しっかりとしたホールド感を兼ね備えることで、走るための空間としての雰囲気を高めていた。
ベースグレードが“上質なサルーン”として仕立てられていたのに対し、Sは明らかにFタイプ寄りのキャラクターだ。足まわりのセッティングも、ステアフィールも、変速制御すらも、よりスポーツカー的な味付けに寄せられている。
だからこそ、乗って感じる質感も、走らせたときの高揚感も、まるで違う。ベースグレードが“上質なサルーン”として仕立てられていたのに対し、Sは明らかにFタイプ寄りのキャラクターだ。足まわりのセッティングも、ステアフィールも、変速制御すらも、よりスポーツカー的な味付けに寄せられている。だからこそ、乗って感じる質感も、走らせたときの高揚感も、まるで違う。
見た目にも、操作の感触にも、スポーツカーとしての純度が感じられ、その奥には古き良きジャガーらしさが宿っている。
メジャーじゃないからこそ
XE Sは、メジャーな存在ではないかもしれない。Dセグメントの中では控えめな立ち位置で、街で見かける機会も多くはない。だが、その中には確かにジャガースピリッツが感じられた。
Fタイプ譲りのプラットフォームに、V6スーパーチャージャー、そして走らせたときの濃密なフィーリング。カタログスペックだけでは伝わらない魅力がある。
しかもこのSグレードは、そもそも流通量が少ない。中古市場でも出会える機会はごくわずかで、「知る人ぞ知る一台」という言葉が、これほど似合うモデルもそう多くはない。さらにこの個体は、オプションカラーをまとった仕様。走りだけでなく、見た目にもひときわ個性が際立っている。
近年では、中古車市場で300万円を下回る価格で取引されていることが多い。この仕立て、この走り、この価格。こういった一台に、ある日ふと出会えるのも、中古車選びの醍醐味だ。
高年式でも最新装備でもないかもしれない。けれど、そのクルマにしかない走りがあり、空気感がある。XE Sはまさに、“隠れた名車”と呼ぶにふさわしい存在だ。
SPEC
ジャガー・XE S
- 年式
- 2016年式
- 全長
- 4680mm
- 全幅
- 1850mm
- 全高
- 1415mm
- ホイールベース
- 2835mm
- 車重
- 1650kg
- パワートレイン
- 3.0リッターV型6気筒スーパーチャージャー
- トランスミッション
- 8速AT
- エンジン最高出力
- 340ps/6,500rpm
- エンジン最大トルク
- 450Nm/4,500rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。