トヨタ・スターレット 1.3(FF/3AT)乗りやすい・オブ・ザ・イヤー

見た目もスペックも、ごく普通。だが走り出した瞬間、その印象は裏切られる。1998年式スターレットが見せたのは、誰にでも扱える乗りやすさと、予想外に上質な乗り心地。年の終わりに出会った、忘れがたい一台だ。

見た目もスペックも、ごく普通。だが走り出した瞬間、その印象は裏切られる。1998年式スターレットが見せたのは、誰にでも扱える乗りやすさと、予想外に上質な乗り心地。年の終わりに出会った、忘れがたい一台だ。

見晴らしの良さ

今年4月にこの仕事を始めて以来、新旧・洋の東西を問わず、数多くのクルマに触れてきた。

そんな中で、この年末の押し迫ったタイミングに、ここまで自然にハンドルを握れ、しかも乗り心地の良さに素直に驚かされる一台に出会うとは、正直思っていなかった。

それが、乗るまでは取り立てて特徴のないクルマだと思っていた、ひと昔前のコンパクトカー、スターレットだった。

トヨタ・スターレット 1.3(FF/3AT)乗りやすい・オブ・ザ・イヤー

シートに腰を下ろして前を見る。まず感じるのは、やけに視界がいいということだ。

アイポイントが高いわけでも、見下ろす感覚があるわけでもない。フロントガラスの下端が低く、ダッシュボードが薄く、Aピラーも控えめ。その結果、街の景色がすっと目に入ってくる。

クルマに乗るとき、人は無意識に身構える。

サイズ感、死角、操作のクセ。そうしたものを頭の中で整理しながら、少しずつ慣れていく。このスターレットには、その時間がほとんど必要ない。

乗った瞬間から、もう“いつもの感覚”だ。走り出す前に緊張がほどけている。

これは地味だが、日常車としては相当な美点だと思う。

トヨタ・スターレット 1.3(FF/3AT)乗りやすい・オブ・ザ・イヤー

非力、でも軽い

エンジンは1.3リッターの自然吸気。現代の目で見れば、いや、当時の基準でも心が躍るような数字ではなかったはずだ。

ところが走り出してみると、その数字の存在感はすぐに薄れていく。

信号待ちからの発進も、合流も、ごく普通にこなす。流れに置いていかれることはない。それどころか、私が普段乗っている20歳下の若い欧州SUVより、軽快に感じる場面すらあった。

トヨタ・スターレット 1.3(FF/3AT)乗りやすい・オブ・ザ・イヤー

理由は単純だ。クルマが軽い。

1トンを切るボディに、このエンジンはよく合っている。アクセルを踏んだ瞬間、重さに引っ張られる感じがない。エンジンが頑張っているというより、クルマ全体が素直に前へ出る。

そこに組み合わされるのが3速ATだ。

段数だけを見れば古さを感じるが、実際の走りでは、その存在をほとんど意識させない。低めのギアを自然に引っ張り、変速のタイミングも穏やかで、気づけば速度が乗っている。

一瞬、CVTだっただろうかと錯覚するほど、動きに段差がない。

速さを誇るタイプではない。だが、遅さを感じさせない。

この差は大きい。

トヨタ・スターレット 1.3(FF/3AT)乗りやすい・オブ・ザ・イヤー

意外な乗り心地の良さ

走り始めてしばらくして、乗り心地がやたらいいことにふと気づく。

足回りの構成は、大衆車としていたって普通。それでも、路面の凹凸をよくいなし、揺れが少ない。

現代のクルマのように重心が高くなく、そして軽いから入力に対して車体が大きく揺れない。仮に揺れても、収まりが早い。揺り戻しが少ないから、こちらの体も振られず、乗っていて疲れない。

トヨタ・スターレット 1.3(FF/3AT)乗りやすい・オブ・ザ・イヤー

もうひとつ効いているのが、シートだ。

厚みのあるファブリックシートが、細かな振動を最後にやさしく受け止める。レザーでは出せない、布ならではの気楽さがある。

それに加えて、この個体のコンディションがいい。

内外装だけでなく、機関や足回りにも疲れが見られない。ダンパーの動きは素直で、ブッシュのヘタリも感じない。新車時のバランスを、かなり忠実に残している印象だ。

トヨタ・スターレット 1.3(FF/3AT)乗りやすい・オブ・ザ・イヤー

アームレストが備わっているのも嬉しいところ。

普段アームレスト付きのクルマに乗っていると、それがないクルマではどうにも落ち着かない。だが、このスターレットには「ルフレ f リミテッド」という、質感と快適性を重視したグレードならではの余裕がある。

トヨタ・スターレット 1.3(FF/3AT)乗りやすい・オブ・ザ・イヤー

誰かと共有したい

このスターレットは1998年製の最終モデル。設計は煮詰まり、トラブルは出尽くし、完成形にかなり近い。

そういう意味で、ヴィッツ以前のトヨタが積み上げてきたコンパクトカーの集大成といえる。

ひと昔前のコンパクトカー、と言ってしまえば、それまでかもしれない。

だが、そこにこそトヨタの車づくりの精度がある。

何も考えずに運転できる。車体は小さく、バックモニターやパーキングセンサーがなくても取り回しに困らない。気分のスイッチを切り替えるスーツやドレスではなく、何も考えずに袖を通せる普段着のような存在だ。

トヨタ・スターレット 1.3(FF/3AT)乗りやすい・オブ・ザ・イヤー

しかし、この個体の驚くほど良好なコンディションが、気軽に扱うことを躊躇させる。

目に見えるキズやへこみはほとんどなく、細かな傷すら見当たらない。インテリアも、四半世紀以上前のクルマとは思えないほど張りがある。

走行距離は8000km。極端に低い数字ではないが、使用感がまるでない。シートの黄ばみもなく、トヨタ純正のレースもほつれていない。この時代のオートマ車にありがちな、シフトレバーのガタつきも皆無だ。

歴代オーナーが、相当大事にしてきたのだろう。それが伝わってくるからこそ、悩ましい。

日常車として遠慮なく使い倒したい気持ちと、この状態を守りたいという庇護欲。そのふたつがせめぎ合う。そんな悩みも含めて、このクルマの魅力なのだろう。

誰にでも扱える乗りやすさも、意外な乗り心地の良さも、誰かと分かち合いたくなる。そしてそれが、最新の高額車ではなくひと昔前の大衆車だったという点が、この一年を肯定してくれるような余韻を残す一台だった。

トヨタ・スターレット 1.3(FF/3AT)乗りやすい・オブ・ザ・イヤー
  • 中園昌志 Masashi Nakazono

    スペックや値段で優劣を決めるのではなく、ただ自分が面白いと思える車が好きで、日産エスカルゴから始まり、自分なりの愛車遍歴を重ねてきた。振り返ると、それぞれの車が、そのときの出来事や気持ちと結びついて記憶に残っている。新聞記者として文章と格闘し、ウェブ制作の現場でブランディングやマーケティングに向き合ってきた日々。そうした視点を活かしながら、ステータスや肩書きにとらわれず車を楽しむ仲間が増えていくきっかけを作りたい。そして、個性的な車たちとの出会いを、自分自身も楽しんでいきたい。

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