官能的な走りとゼニアパッケージの仕立て、グリジオ・マラテアの艶を纏うレヴァンテ。ラグジュアリーSUVを超え、マセラティの世界へ踏み出す一歩にふさわしい存在だ。
INDEX
スポーツモードが見せる表情
イグニッションを押し、エンジンが目を覚ます瞬間から、マセラティは他のSUVとは違う空気をまとっている。
日常の速度域では、グランルッソは驚くほど穏やかだ。3.0リッターV6ツインターボの鼓動は低く抑えられ、サスペンションは街の段差を吸い込み、乗員に優しい仕立てを見せる。
だが、センターコンソールのスイッチでスポーツモードを選ぶと、表情は一変する。
排気バルブが開き、太く響くエキゾーストノートがキャビンを満たす。タコメーターの針が軽やかに跳ね上がり、アクセルに応えるレスポンスがぐっと鋭くなる。
ギアのつながりも緊張感を帯び、まるでSUVの皮を脱ぎ捨てたスポーツカーのように生き生きと走り出す。
同じマセラティでも、ギブリよりもこの変化幅は大きいと感じる。普段は静謐さを演じながら、モードを切り替えた瞬間に“これぞマセラティ”という官能をぶつけてくる。
二面性があるからこそ、飽きることがない。ラグジュアリーSUVの枠を超えて、イタリアのブランドが持つ劇場的な演出を味わえるのだ。
ゼニアパッケージが放つ個性
この個体のハイライトは、間違いなくゼニアパッケージのインテリアだ。
ドアを開けた瞬間、ただのレザーシートではないことが一目で伝わる。ブラウンレザーの中にブルーのファブリック調パターンが走り、ヘリンボーンの織りがシート中央に浮かび上がる。
ヘッドレストには誇らしげなトライデントの刺繍。そこには、イタリアを代表するテーラーブランド、エルメネジルド・ゼニアの感性が息づいている。
手で触れる前から特別さを感じさせる仕立て。スーツを纏ったときのように、持ち主に自信と誇らしさを与える。単なる装飾ではなく、オーナーの存在そのものを際立たせる演出だ。
ラグジュアリーSUVというカテゴリーの中でも、このパッケージが放つ個性は強い。量産の枠を越えて、パーソナルな一台を手にした実感をもたらしてくれる。
そして、この車は左ハンドル仕様だ。
日本の道路環境では少し不便に映るかもしれない。けれど運転席に腰を落とすと、その不便さ以上に「本国の空気」を感じられる。
ステアリングの握り、ペダルのレイアウト、ダッシュボード越しに広がる視界。ほんの些細な違いが、イタリアの地で走るマセラティと同じ空気感を運んでくる。
機能性だけではなく空気感。それを大切にできる人にとって、この左ハンドルは何よりの贅沢だ。
グリジオ・マラテアという選択
ボディカラーは「グリジオ・マラテア」。イタリア語でグリジオはグレーを意味し、マラテアは南部ティレニア海に面した町の名に由来する。
切り立った海岸の岩肌を思わせる深いガンメタリックに、陽光が差すとブラウンやブロンズのニュアンスが浮かび上がる。定番のブラックやホワイトから一歩外した選択が、SUVに都会的で洗練された個性を与えている。
ドイツ車のグレーが実用的で引き締まった印象を与えるとすれば、この色はもっと官能的だ。
色そのものが主張するのではなく、光と影の移ろいの中で雰囲気を纏う。大きなボディを無骨に見せることなく、都会的で洗練された存在に引き上げてくれる。
そしてゼニアパッケージのブラウン×ブルーのインテリアと、このグリジオ・マラテアの組み合わせは絶妙だ。
外装のシックな深みと、内装の鮮やかなコントラストが呼応し合い、イタリア車らしい色彩のセンスを体現している。
ブラックやホワイトを選んでいたら得られなかった調和。あえて外した選択が、オーナーの感性を際立たせる。
マセラティらしさ
この世代のレヴァンテには、V6の高出力仕様である「S」や、V8を積む最上位「トロフェオ」といった上位モデルが用意されていた。
上位グレードには、それぞれにしか味わえない魅力が確かにある。けれど、このベースグレードであるグランルッソに乗っても、実際にハンドルを握れば、その違い以上に“マセラティらしさ”が迫ってきて、グレードの序列は些細に思えてしまう。
どのグレードであっても、アクセルを踏み込んだ瞬間に官能は立ち上がる。
内外装のデザインは一目でマセラティとわかり、道行く人を振り返らせる。ステアリングを握った瞬間に込み上げる高揚感、そして「マセラティに乗っている」という事実が放つオーラ。
これらはすべてのモデルに共通するものだ。グレードや装備を超えて、マセラティらしさがドライバーを包み込む。
しかも、このレヴァンテのように特別な仕立てを備えた一台が、現在の相場ではおおよそ500万円前後で落ち着いている。新車時にはオプション込みで1000万円を超えたモデルであることを思えば、いま手にすることができる価格帯としては現実味がある数字だ。
マセラティが持つ官能的な走り、ゼニアパッケージによる特別なインテリア、グリジオ・マラテアの深み。そのすべてが重なったとき、このレヴァンテは単なるSUVではなく“イタリアを纏う体験”へと姿を変える。
マセラティの世界に初めて足を踏み入れるにも、さらに一歩先へと進むためのステップとしても、ふさわしい一台だ。
SPEC
マセラティ・レヴァンテ グランルッソ
- 年式
- 2019年式
- 全長
- 5,005mm
- 全幅
- 1,985mm
- 全高
- 1,700mm
- ホイールベース
- 3,004mm
- 車重
- 約2,100kg
- パワートレイン
- 3.0リッター V型6気筒 ツインターボ
- トランスミッション
- 8速AT
- エンジン最高出力
- 350ps/5,750rpm
- エンジン最大トルク
- 500Nm/4,500rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。