現代的な快適性と古き良き上質さが交わる、時代の狭間に生まれた一台。静かで誠実な走りと、どこまでも自然な気持ちにさせる余裕。S400ハイブリッドだからこそ味わえる、その特別な時間をこれからの日々に重ねていきたくなる。
このままで走りたい
スタートボタンを押すと、大型ディスプレイのインフォテインメントが目覚め、メーターのグラフィックが静かに立ち上がる。けれど当然ながら、セルが回る音もエンジンの咆哮も聞こえない。
もともとSクラスは、静粛性を極めたクルマだった。それでも、このハイブリッドはさらにその先を行く。すべてが動き出しているのに、音も振動もない。不思議な感覚に包まれる。
アクセルに軽く足を乗せると、2トン近いボディがためらいなく前へ出る。トルクの立ち上がりは柔らかく、それでいて厚みがある。モーター走行だけで進む区間は短いが、その無音の区間をもう少しだけ引き延ばしたくなる。
ずっとこのままで走りたい──そう思わせるのは、このハイブリッドシステムが「移動の快適さ」をもう一段階深めてくれるからだろう。
普段なら少し急いでしまう街角でも、自然と穏やかな気持ちでハンドルを握れる。Sクラスがもともと備えている心の余裕が、このハイブリッドではもっと素直に感じられる。
Sクラスのハイブリッドは、前世代(W221)で初めて登場し、このW222型前期はいわば二代目にあたる。後期ではプラグインハイブリッド(S500e)に切り替わった。
そして現行型では、電動化が進んだ一方で、プラグインではないハイブリッド単体のモデルは姿を消した。そう考えると、ただ希少だからというだけでなく、「メルセデスが未来を提案しようとした意志の証」に触れている満足感がある。
クラシカルとモダンの間で
このS400ハイブリッドには、上級グレードにありがちな大径ホイールも派手なエアロもない。17インチのタイヤはしっかりと厚みがあり、段差を越えるたびに「これを基準に作られたんだ」と思わせる自然な乗り心地を返す。Sクラスは、大きなホイールを履かせても格好はつく。しかしこの「素の仕様」こそが一番しっくりくる。
室内に入ると、目に飛び込むのは横一面に伸びる大型ディスプレイと、ウォールナットのパネルが織りなす艶。さらに、現代のメルセデスの標準になったアンビエンスライトの演出が、この世代から本格的に備わった。
昼と夜でまったく異なる表情を見せる室内は、単なる演出ではなく、長距離移動の疲れを和らげるために考えられた装備でもある。
2本のスポークのオーバルステアリングを握ると、縫い目の感触が手のひらに柔らかく伝わる。現行型のように3本で支えるデザインではなく、左右だけで中央とつながり、下端が直線にならず滑らかに輪を描く造形に、クラシカルな上質さがある。
それでいてこの時代のSクラスがすごいのは、いま見ても古くささを感じさせないことだろう。2014年当時、デジタルメーターはまだ珍しかった。それを一切の妥協なく盛り込み、しかも最新の技術にありがちな冷たさを感じさせない。
クラシカルな空気を残したまま、先端技術を当たり前のように融合させていた。この先駆性は、まさにSクラスが「メルセデスの集大成」であると同時に、自動車の未来を常に提案し続けてきた存在である証だ。
メルセデスは、Sクラスを通じて必ず未来への提案をしてきた。電動化への足がかりとしてハイブリッドを選び、ラグジュアリーのあり方を問い直す。その問いは、モデルチェンジを繰り返した今もずっと続いている。どの時代のSクラスに乗っても、「こういう未来を考えていたんだ」と思わせる一貫性がある。
長く楽しめる相棒として
走行距離は8000km。新車の香りがまだ残るこの個体は、どれだけ使ってもびくともしない頑丈さを感じさせる。ここから先の10年、20年を一緒に過ごしても、きっとこの上質さは変わらないだろう。
後期型や現行モデルでは、ハイブリッドはプラグインに置き換わった。電動走行の距離は伸びた一方で、このS400ハイブリッドのように、ただ何も考えずに走り出しても自然にモーターとエンジンが切り替わる感覚は、この世代ならではのものだ。
たしかに「数が少ない普通のハイブリッドに乗る特別感」も魅力のひとつだが、それ以上に、この個体はまだほとんど新車のようなコンディションを保っていることが大きい。これから先どれだけ距離を重ねても、長くこの穏やかさを味わい続けられるはずだ。
しかもハイブリッドだから、燃費も大排気量のSクラスから想像するよりはずっと現実的だ。大柄なボディでゆったりと走りながら、日常的にランニングコストを抑えられるというのは、数値だけの性能ではなく「道具としての誠実さ」の証だと思う。
そして、このSクラスの素のハイブリッドは、意外なほど現実的な価格帯に落ち着いている。メルセデスの「一番いいやつ」にこの水準で乗れるのは、中古車だからこそ成立する贅沢だ。
現代メルセデスの“原型”
結局のところ、どの時代のSクラスに乗っても「やっぱりいい」と思わされる。その理由は数値や装備表には書ききれない。
走りの洗練、視界の開放感、何より「これ以上はいらない」と思わせる余裕。ハイブリッドであれ、V8であれ、その本質は変わらない。音も振動も抑え込み、操作を簡潔にすることで、運転する人の心が穏やかになる。ステアリングを握るたびに、このクルマが人に与える影響の大きさを思い知る。
メルセデスのSクラスには、フラッグシップセダンとして当時の技術の集大成が注ぎ込まれているだけでなく、その先の時代を示す新しい提案も必ず用意されている。特にこのW222型は、デジタル装備やハイブリッドを積極的に採用し、現代のメルセデス全体の方向性を示した“原型”でもある。
その先駆性をいま改めて感じられることは、大きな魅力のひとつだ。最新型に乗る満足もある。でも、このS400ハイブリッドは、いまの基準でも何一つ不便がない完成度を持ちつつ、メルセデスの最高峰にもっとも手軽に近づける現実的な選択肢だ。
走行距離8000kmのこの個体だからこそ、これから10年、20年と長く楽しむ相棒として、その余白はたっぷりと残されている。
時代の狭間に生まれたこのSクラスと共に、これから重ねていく時間。そんな物語も、きっと悪くない。
SPEC
メルセデス・ベンツ・S400ハイブリッド
- 年式
- 2014年式
- 全長
- 5,130mm
- 全幅
- 1,900mm
- 全高
- 1,495mm
- ホイールベース
- 3,035mm
- 車重
- 約1,940kg
- パワートレイン
- 3.5リッター V型6気筒+電気モーター
- トランスミッション
- 電子制御7速AT
- エンジン最大トルク
- 306ps/6,500rpm
- モーター最大トルク(前)
- 370Nm/3,500〜5,250rpm
- モーター最高出力(後)
- 27ps(20kW)
- モーター最大トルク(後)
- 250Nm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。