イグアスブルーのカリナンは、雲の上を走るような浮遊感と、自ら操りたくなる繊細さを兼ね備えた存在。ショーファーカーでありながらドライバーズカーでもある、その一見矛盾した魅力を映し出す。
もっと長く、もっと遠くへ
イグアスブルーのボディが光を受けると、青にも紫にも見える奥行きが浮かび上がる。その名が世界三大瀑布のひとつ「イグアスの滝」に由来するように、自然の力をそのまま閉じ込めたような色味だ。
都市のアスファルトに佇んでいても、不思議と視線は先へと延びていく。行き先は特定の場所ではなく、ただもっと長く、もっと遠くへ走り続けたくなる。SUVとしての実用性を備えながら、移動そのものの意味を塗り替えてしまう力を持つのが、このカリナンだ。
遠くへ出かけたくなる、ただそれだけの理由でキーを回すに足る存在感がある。
ロールス・ロイスといえばショーファードリブンの象徴。
しかしカリナンに限ってはその常識が通じない。大きなボディを前にしても、運転席に座りたくなる衝動が勝る。イグアスブルーとアークティックホワイトのコントラストが高揚感を呼び起こし、ドライバーの背中を押してくれる。
雲の上にいるような
走り出すとすぐに伝わってくるのは、高いアイポイントと、ロールス・ロイスらしいゆるぎない安定感。視界の広さと浮遊感が重なり合い、他のロールス・ロイスとも、一般的なSUVとも異なる世界をつくり出している。
視線の先に広がる風景は、空から見下ろしているかのように穏やかで、路面からの衝撃はほとんど届かない。まるで雲の上に浮かんでいるような感覚に包まれる。
6.75リッターV12ツインターボは、数字で測れば571psという圧倒的な出力を誇るが、実際に感じるのはパワーよりも滑らかさ。
アクセルを踏むと、巨体が音もなく前へ進み、街の喧騒さえも置き去りにしていく。舗装路でも未舗装路でも、マジックカーペットライドと呼ばれる独自の乗り味は変わらない。
長距離を走るほどに、この「雲の上感覚」が真価を発揮する。
体への負担が軽減され、走行距離がそのまま豊かさに変わる。どこまでも走り続けられる気配は、旅の定義を塗り替えてしまうほどだ。
大きさと繊細さの共存
全長5.3mを超える巨体にもかかわらず、ハンドルを握った瞬間に感じるのは「繊細」という言葉だ。
細身のステアリングは繊細なタッチを運転者に返し、大柄なボディとのギャップを際立たせる。重厚な見た目とは裏腹に、手先の動きがそのまま車体へと伝わり、大きさを忘れてしまうほど自在に扱える。
そして、触れるものすべての質感が圧倒的に高い。ロールス・ロイスである以上当然ではあるが、その当たり前を徹底して体現している。
アークティックホワイトのシートは柔らかさと張りを兼ね備え、ダッシュボードに走る木目は、一本の原木から切り出されたかのように揃えられている。エクステンデッドベニアセンターラインによって前後のパネルが通じ合い、ひとつの芸術作品のような統一感を放つ。
カリナンの車体は、ロールス・ロイスの中でもひときわ高さを強調する。その圧倒的なスケールに反して驚くほど繊細な操作感と、素材の存在感を強調する仕立て。その両面が調和していることもまた、カリナンの魅力だ。
ドライバーズカーの資質
ロールス・ロイスの伝統を知る人にとって、後席に身を委ねる姿こそが最もふさわしいと感じるかもしれない。
だが、カリナンは例外だ。オーナー自らがハンドルを握る割合が非常に高いのは、このモデルが持つ「ドライバーズカー」としての資質を証明している。
シートに身を沈め、細いステアリングを両手で握る瞬間、カリナンが単なるショーファーカーではないことを理解する。街中の短距離移動でさえ、旅の始まりのように感じられるのだ。
シリーズ2の登場によって多くが最新型へと乗り換えたが、シリーズ1であるこの2019年式でも、その本質はまったく揺るがない。
むしろ初期のカリナンだからこそ、ロールス・ロイスが初めてSUVに挑んだ際の思想が色濃く残っている。
ショーファーカーでありながらドライバーズカーでもある。この矛盾を愉しめるのは、このカリナンのように世界でもごく限られたモデルだけだ。
SPEC
ロールス・ロイス・カリナン
- 年式
- 2019年式
- 全長
- 5341mm
- 全幅
- 2000mm
- 全高
- 1835mm
- 車重
- 約2735kg
- パワートレイン
- 6.75リッター V型12気筒 ツインターボ
- トランスミッション
- 8速AT
- エンジン最高出力
- 571ps
- エンジン最大トルク
- 850Nm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。