ロールス・ロイス・ブラックバッジカリナン(4WD/8AT)反骨のロールス

「ロールス・ロイスは後ろに乗るもの」。その常識に、ロールス・ロイス自ら異を唱えたクルマ、それがブラックバッジだ。

「ロールス・ロイスは後ろに乗るもの」。その常識に、ロールス・ロイス自ら異を唱えたクルマ、それがブラックバッジだ。

もうひとつの思想

ブラックバッジは2016年、レイスとゴーストに初めて設定された。きっかけは、ロールス・ロイスの従来のイメージを覆すような顧客層の出現だった。

自らハンドルを握りたいと望む若い実業家、アートや音楽の世界で自己表現を重視する人物たち。彼らは「ロールスの上質さはそのままに、もっとパーソナルでエッジの効いたクルマが欲しい」と求めた。

ロールス・ロイス・ブラックバッジカリナン(4WD/8AT)反骨のロールス

その声に応えたブラックバッジは、単なるデザインの差異ではなく、思想・造形・チューニング・顧客像のすべてが異なるもう一つのロールス・ロイスである。

ルールに従うより、自分のルールで世界を動かしてきた者たち。既成概念に服従しないという反骨の精神が、ブラックバッジには最初から組み込まれている。

その思想を、もっとも大きなスケールで体現するのが、ブラックバッジカリナンだ。すべてを手に入れたその先でなお、“自分らしくあること”を選ぶ人にふさわしいロールス・ロイスだ。

ロールス・ロイス・ブラックバッジカリナン(4WD/8AT)反骨のロールス

ドライバブルなロールス

ブラックバッジカリナンの最大の特徴は、ロールス・ロイスでありながら、明確に「自らの手で操る歓び」を前提に設計されている点にある。

専用のステアリング、サスペンション、ブレーキセッティングが施され、車体の挙動はよりシャープに制御されている。パワートレインは、6.75リッターV12ツインターボ。最高出力600ps、最大トルク900Nmというスペックは、見た目以上の運動性能を裏付けており、トルクの立ち上がりは滑らかでありながら、踏み込んだ瞬間から一気に速度が乗る。

ロールス・ロイス・ブラックバッジカリナン(4WD/8AT)反骨のロールス

そしてこのクルマが本性を現すのは、ギアセレクターにある「LOW」ボタンを押したときだ。
LOWモードを起動すると、ブラックバッジ専用にプログラムされた制御が作動し、車全体が一段と鋭く変貌する。

変速スピードは最大で約50%向上し、最大トルク900Nmが1,700rpmで発生する。ギアがより長く保持され、高回転域を活かすようになる一方で、減速時にはエンジンブレーキを積極的に活用する。レスポンスが明確に変わり、アクセルを戻しても惰性で滑るのではなく、しっかりと減速する“意思ある挙動”を見せる。

また、排気バルブが開くことで、エンジン音もより濃密に。深く、太い倍音がキャビンに響き、これまで静けさに包まれていた室内が、一転して重厚なサウンドステージと化す。それは決してけたたましく吠えるわけではない。あくまでロールス・ロイスらしい抑制を保ちつつ、耳元で確かな鼓動を刻む。

世界最高峰のラグジュアリーとしての顔を持ちながら、ひとたびスイッチを入れれば、研ぎ澄まされたアグレッションが表に出る。日常域の静寂と、スポーティな躍動。そのどちらもが破綻なく共存していることが、ブラックバッジカリナン最大の魅力だ。どちらの顔を引き出すかは、ドライバーの意志に委ねられている。

ロールス・ロイス・ブラックバッジカリナン(4WD/8AT)反骨のロールス

息づくクラフトマンシップ

ブラックバッジのモデルに共通する視覚的特徴は、その“黒さ”にある。たとえば、フロントに立つ「スピリット・オブ・エクスタシー」は、ポリッシュメタルではなくグロスブラック仕上げに。そしてフロントとリアに掲げられるRRエンブレムは、通常のシルバーベースではなく、ブラック地にシルバーの文字という専用仕様となる。

これらの変更は、ただのカラー差ではない。伝統への敬意と反骨を同時に表現する、ブラックバッジ固有のアイデンティティだ。

また、この個体にはロールス・ロイス伝統の手描き技法である「ツイン・コーチライン」が施されている。限られた職人によって、筆一本で引かれる2本のラインは、ブランドが長年守ってきたクラフトマンシップの象徴でもある。

ロールス・ロイス・ブラックバッジカリナン(4WD/8AT)反骨のロールス

ドアを開ければ、ビスポークによって仕立てられたベージュとブラックのコンビネーションが広がる。ブラックバッジという響きから、つい漆黒の室内を想像していたが、この個体はむしろ明るさと緊張感のバランスが印象的だ。

しかも、4シーター・インディビジュアルパッケージ仕様。リアは2座独立のキャプテンシートとなっており、中央には収納と各種操作系を備えたコンソールが配置される。

ロールス・ロイス・ブラックバッジカリナン(4WD/8AT)反骨のロールス

天井には、ロールス・ロイスの象徴とも言える「スターライト・ヘッドライナー」が、夜空のように室内をやわらかく照らす。その中で、「Bespoke Audio」が奏でる音に身を委ねる時間は、もはや移動ではなく滞在だ。

コストや時間に縛られない、ロールス・ロイス伝統のクラフトマンシップが、このブラックバッジカリナンにも確かに息づいている。

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反骨のシンボルに託された精神

ブラックバッジにだけ与えられる、もうひとつの象徴がある。リアアームレストなどに刻まれるインフィニティ・シンボル(∞)だ。

この記号は、1930年代にロールス・ロイスが水上世界速度記録を打ち立てた際に使われた、実在する歴史的なシンボルに由来する。当時ロールス・ロイスが搭載したのは、航空機用に開発されたV12エンジン「R型」。空を飛ぶためのエンジンをあえて水上艇に積み、誰も成し得なかったスピードの限界へ挑んだ。

空を征した者が、水も征する。そこには常識への服従ではなく、「自分たちのルールで世界を塗り替える」という強い意思があった。その精神こそが、ブラックバッジの核である。完璧を極めたラグジュアリーに、あえて鋭さと過剰さを注ぎ込む。形式や伝統に収まることなく、さらに一歩踏み出すことで、別のステージを切り拓いていく。

ロールス・ロイス・ブラックバッジカリナン(4WD/8AT)反骨のロールス

ブラックバッジは、“ロールス・ロイスらしさ”という既存の完成形を、あえて揺さぶる存在だ。

そしてインフィニティ・シンボルは、その揺さぶりが単なる遊びや演出ではなく、ブランドのDNAに深く根ざした、反骨と革新の記憶に裏打ちされていることを物語っている。

ロールス・ロイス・ブラックバッジカリナン(4WD/8AT)反骨のロールス

すべてを手にしたその先で

ブラックバッジカリナンは、誰にでも必要なクルマではない。すでに世界のあらゆる快適や高級を知り尽くした先で、それでもなお、自分だけの物語を紡ごうとする人にこそふさわしい1台だ。

それは、合理性では測れない選択だ。数字ではなく、感性に響くものを信じてきた人。誰かの“正解”より、自分の“美学”に忠実でありたいと願う人。そんな少数派の存在を、ロールス・ロイスはしっかりと見つめている。

ブラックバッジとは、そうした意志ある選択に対する、ロールス・ロイスなりのひとつの答えだ。静けさと挑発。伝統と革新。従来の価値観では両立しえなかったものを、ひとつの完成形として両立させたこのクルマは、ただの高級SUVではない。

これは、すべてを手にしたその先でなお、自分らしく在り続ける者にだけ許される、唯一の選択肢である。

ロールス・ロイス・ブラックバッジカリナン(4WD/8AT)反骨のロールス
  • 河野浩之 Hiroyuki Kono

    18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。

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