懐かしさだけでは語れない魅力を持つBe-1。独特なデザイン、軽やかな走り。気負わず日常に溶け込みながら、どこか特別な気持ちにさせてくれる。
時間がくれた抜け感
Be-1に初めて出会ったのは、21世紀になったばかりの頃だった。大学の友人が初めての車として購入した一台で、それまでこの車の存在をまったく知らなかった。
当時すでに発売から10年以上が経っており、見た目こそ独特なデザインをしていたものの、印象としては「ちょっと古い車」という雰囲気だった。どこかで見たことがあるような、何かの模倣のような、言葉を選ばずにいえば「偽物感」も付きまとっていた気がする。
あれから25年。再びこのクルマと向き合ったとき、当たり前だが、当時よりもさらにレトロな雰囲気を纏っていた。偽物感は消え、経年の風合いを帯びた黄色いボディには、もっと素朴な抜け感がある。
ヘッドレストと同じデザインのキーを鍵穴に差し込んでドアを開ける。もちろんキーレスなどはない。この動作だけでも、もう最近のクルマとはまるで違う感覚がある。
「あれ、こんなに広かったっけ?」
ドアを開けてシートに腰かけると、思った以上に空間がある。外から想像するほど室内は狭くない。
インテリアは直線と曲線のバランスがきれいで、簡素だけれど寂しくはない。丸い吹き出し口や白地のメーター、そして丸型ヘッドレスト。そして鍵まで同じモチーフで揃っていて、どこかおもちゃのような無邪気さがある。
当時はこんな細部にまで遊び心があることに気づかなかった。「なんだか変わった形だな」と思うだけだったのに、いまはそのひとつひとつがBe-1の大きな魅力に見える。
元気いっぱい走る
1.0リッターの直4エンジンは、初代マーチをベースにしたたった52馬力のユニットだ。数値だけ見ると、現代の車からすれば明らかに物足りない。だが、そんなことは別に構わない。元々わかっているし、この車に刺激や性能を期待しているわけでもない。
キーをひねると、古いエンジンのメカニカルな感触が心地よく伝わってくる。
1000ccのエンジンは「元気に走る」という言葉がしっくりくる。速くはないが、反応が素直で、何よりもクルマ全体が軽い。
遅いわけでもなく、飛ばそうと思えばそれなりにスピードも出る。余裕があるとは言えないが、走りに不便さを感じることはまったくない。
走り出せば、普段の景色がちょっとした冒険に変わる。スピードを出さなくても、いつもの道が新鮮に感じられる。これは、独特なデザインや、現代の車にはない素朴で簡潔な装備が生む空気感のせいかもしれない。
25年前にBe-1に乗っても、特別に「乗り味がいい」と感じることはなかった。むしろマーチそのもので、平凡だった。
しかし、年月を経たいまはその素朴さが深い味わいに変わる。たぶん、素のマーチでも同じように思えるのだろう。これこそが工業製品が歳月と共に育つ魅力なのだと思う。
1万台限定の受注生産
1980年代後半、日産が送り出したパイクカーシリーズ。その先駆けがBe-1だ。
量産車でありながら受注生産で、台数はわずか1万台限定。今でこそ特別仕様車が珍しくない時代だが、当時はこうした限定生産は極めて異例で、予約開始からわずか数日で完売するほどの人気を集めた。
後にパオやフィガロ、エスカルゴが登場するが、Be-1はどれとも違う。パオが持つアウトドアの空気感も、フィガロのクラシカルな優雅さも、エスカルゴの徹底した商用イメージもここにはない。
Be-1はもっと無色透明に近い。何かに似せたわけではない、自分たちが思う「親しみやすい」「暮らしに溶け込む」をそのままかたちにしただけ。だから見た人の解釈に委ねられる余白が大きい。
それでも、プロジェクトには強い熱意があった。単なる限定車ではなく、新しいクルマ文化を提案するという目標があった。
日産の若い企画チームが主導し、デザインから販売方法まで「こういうものがあってもいい」という理想を貫いた。既存のブランドイメージに頼らず、あえてNISSANバッジを外し、細部にまで統一感のある世界観を持たせた。その挑戦は、マーケティングやブランディングが成熟した現代の目で見ても、先進的で、独創的だったと思う。
とはいえ、コストの制約は厳しかった。ベースは初代マーチのシャシーとパワートレインをそのまま流用し、量産ラインで作れない外装パネルだけを別に製造する特装生産方式を採用した。外板は高田工業が製造を担当し、全体のコストを抑えつつ、従来のマーチにはない個性を与えている。この手法自体が挑戦で、実験的なモデルだったと言っていい。
古い輸入車に乗らずとも
当時は「欧州の真似」と言われても仕方なかったし、実際にクラシックミニやフィアット500を彷彿させると言われた。それでも時間が過ぎると、偽物感は消え、Be-1というユニークな存在になった。
あの頃、「なんだか変わった車だな」とだけ思っていたBe-1は、25年経ってもう一度向き合うと、驚くほどしっくりくる存在になっていた。それは単なる懐かしさではなく、時間の経過がこの車の魅力をさらに深めたからなのだろう。
1987年式、走行距離わずか2.5万km、ワンオーナー。まだまだ走れる個体だ。
古い車ではあるけれど、現代の道路事情でもなんの遜色もなく走れるし、普段使いにも不安は少ない。国産車ならではの信頼性もあって、古い輸入車に比べたらメンテナンスにかかる費用や手間もだいぶ小さい。
ハードルの高いクラシックミニやフィアット500に乗らずとも、この車に乗れば景色はアドベンチャーに変わる。
街中を走らせながら、「これなら家族4人で乗れるな」とか「ETCとBluetoothオーディオくらいはつけたいな」とか、そんなささやかな妄想をしている自分に気がついた。
SPEC
日産・Be-1
- 年式
- 1987年式
- 全長
- 3735mm
- 全幅
- 1580mm
- 全高
- 1395mm
- ホイールベース
- 2300mm
- 車重
- 720kg
- パワートレイン
- 1.0リッター直列4気筒
- トランスミッション
- 3速AT
- エンジン最高出力
- 52ps/6000rpm
- エンジン最大トルク
- 7.6kgm/3600rpm
中園昌志 Masashi Nakazono
スペックや値段で優劣を決めるのではなく、ただ自分が面白いと思える車が好きで、日産エスカルゴから始まり、自分なりの愛車遍歴を重ねてきた。振り返ると、それぞれの車が、そのときの出来事や気持ちと結びついて記憶に残っている。新聞記者として文章と格闘し、ウェブ制作の現場でブランディングやマーケティングに向き合ってきた日々。そうした視点を活かしながら、ステータスや肩書きにとらわれず車を楽しむ仲間が増えていくきっかけを作りたい。そして、個性的な車たちとの出会いを、自分自身も楽しんでいきたい。