日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

1989年に登場した日産パオ。特別な遊び心と親しみやすさを備えたこの小さなクルマは、今もなお気軽に遊びに誘ってくれる存在だ。

1989年に登場した日産パオ。特別な遊び心と親しみやすさを備えたこの小さなクルマは、今もなお気軽に遊びに誘ってくれる存在だ。

パイクカーの第2弾

Be-1、フィガロときたら、このクルマを書かないわけにはいかない。

日産が80年代末に送り出した“パイクカー”シリーズ、その第二弾がパオである。

パオは、1989年から1991年まで、わずか3年間だけ生産されたモデル。

販売は完全予約制で行われ、当時のカタログには「量産ではなく限定生産」という言葉が添えられていた。既存の自動車の文脈に収まらず、古き良きヨーロッパの空気をまといながら、日本の街に溶け込む新しい存在として企画されたのがパオだった。

日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

角の落ちたボディとリベット打ち風の外板、そして上下に開くリアゲート。

その姿はカントリー・ワゴンを思わせながらも、日常の移動をどこか余暇の延長にしてしまうような軽やかさを備えている。

パイクカーのなかでも、もっとも“遊び心”を前面に押し出したのが、このパオだった。

日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

愛嬌しかないデザイン

パオを前にすると、つい顔立ちに見入ってしまう。丸いヘッドライト、少し眠たげなグリル、そして四角いシルエット。

どこか人懐っこさを感じさせるその表情は、日常の風景の中にいても自然と視線を引き寄せてしまう。

日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

前席にはクラシックカーのような小さな三角窓が備わり、手でひねるとカチリと音を立てて外気を取り込む。

後席のサイドウィンドウは上下に分かれていて、下半分だけを外側に押し出すように開けられる仕組みだ。全開にはならないが、その不自由さすら「昔のワゴンらしさ」として愛おしく思えてしまう。

日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

ダッシュパネルもユニークだ。樹脂ではなく金属製で、外装と同じ色に塗られている。

触れるとひんやりとした感触があり、磁石を貼り付けることもできる。カタログがそこまで意図したわけではないだろうが、思わずマグネットや小物を飾って“自分の部屋”のように仕立てたくなる。インテリアに余白があることで、オーナーそれぞれの遊び心を受け止めてくれるのだ。

シートの張り地や内張りもシンプルで軽やか。派手さはないが、乗り込むと気持ちがふっと明るくなる。

このクルマと一緒にどこかへ出かけたくなるのは、こうした細部の積み重ねによるものだろう。

日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

早くもなく、遅くもない

パオの心臓は、マーチ譲りの1.0リッター直列4気筒。最高出力はわずか52ps、そしてこの個体に組み合わされるのは3速ATというシンプルな構成だ。

数字だけを見れば平凡だが、実際に走らせると意外に軽快で、街中でも不自由を感じない。

「早くはないけど、遅くもない」。そんな言葉が似合う。

日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

アクセルを踏み込んだ瞬間に飛び出すような俊敏さはない。けれど速度は素直に伸びていき、交通の流れに無理なく溶け込んでいる。約束した場所に時間通りきちんと連れて行ってくれる。

このテンポ感が、パオのキャラクターを決定づけている。急かすことはなく、かといって、もたつくほどでもない。散歩をするときのような、ほどよい歩調が心地よいのだ。

小回りの効くボディサイズは都市部でも扱いやすい。

日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

ステアリングはやや重めで、そこは「昔のクルマらしさ」が漂う。大径で細いステアリングホイールを力をかけて回す感触が、むしろこのクルマのキャラクターに合っている。

視界が広く、窓から差し込む光も豊かで、ちょっとした遠出でも気分が和らぐ。

速さや力強さではなく、「一緒に出かける楽しさ」を思い出させてくれるのがパオの走りだ。

日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

日常に遊び心を

パオのリアゲートは上下に分割され、上はガラスハッチが持ち上がり、下はテールゲートが倒れてフラットな“縁側”のようになる。アウトドアや、ピクニックに出かければちょっとしたベンチやテーブルとして重宝する。

ルーフレールを活かせば、キャリアを載せて自転車やキャンプ道具を積むこともできる。

荷室は決して広大ではない。けれどちょっとした荷物や遊び道具を積むには十分で、週末の気ままなお出かけにもよく似合う。

日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

今回の個体は、アクアグレーのボディカラーにルーフレール付き。ワンオーナーで走行距離はわずか2.6万kmという奇跡的なコンディション。30年以上の時を経ても、この清々しい色合いと佇まいは、当時のまま変わらない魅力で迎えてくれる。

パオは、クルマである前にキャラクターだ。

Be-1が日常をアドベンチャーに変え、フィガロがクラシックな上質さを味わわせてくれる存在だとすれば、パオはもっと懐が広い。日常の買い物から週末の小旅行まで、気軽に遊びに誘ってくれる友達のような存在。

日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

速さや豪華さではなく、日常に少しの遊びを運んでくれる。30年以上前に生まれたはずなのに、今も多くの人を惹きつける理由はそこにある。

唯一無二のキャラクターだから、クルマにまつわるあらゆるマウントとも無縁。肩肘張らず、気兼ねなく付き合える。いつでもどこへでも遊びに行ける──その姿は、親友と呼ぶにふさわしい。

日産・パオ(FF/3AT)僕の、私の親友パオ

SPEC

日産・パオ

年式
1989年式
全長
3740mm
全幅
1570mm
全高
1475mm
ホイールベース
2300mm
車重
約760kg
パワートレイン
1.0リッター直列4気筒
トランスミッション
3速AT
エンジン最高出力
52ps/6000rpm
エンジン最大トルク
75Nm/3600rpm
  • 中園昌志 Masashi Nakazono

    スペックや値段で優劣を決めるのではなく、ただ自分が面白いと思える車が好きで、日産エスカルゴから始まり、自分なりの愛車遍歴を重ねてきた。振り返ると、それぞれの車が、そのときの出来事や気持ちと結びついて記憶に残っている。新聞記者として文章と格闘し、ウェブ制作の現場でブランディングやマーケティングに向き合ってきた日々。そうした視点を活かしながら、ステータスや肩書きにとらわれず車を楽しむ仲間が増えていくきっかけを作りたい。そして、個性的な車たちとの出会いを、自分自身も楽しんでいきたい。

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