ハウスで育てられた華やかな花ではなく、野に咲く草花のような美しさ。本国の香りを残した6MTのSLK200には、“素のまま”の魅力があった。
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生まれたままの姿
最初に目を引いたのは、そのあっさりとした見た目だった。2013年式のメルセデス・ベンツ・SLK200。しかもAMGラインではない、いわゆる標準仕様。エアロパーツは付いておらず、フロントグリルも素のまま。ホイールは17インチの5スポークで、タイヤの肉付きも今どきのクルマに比べて厚い。
サイドスカートやバンパー下部にもこれといった装飾はなく、メッキや黒光りする加飾も少ない。ドアミラーもシンプルなボディ同色、リアディフューザーも最低限のデザインにとどまっている。
演出の濃さや押し出しの強さを価値のひとつとしている現代のメルセデスと見比べると、このSLKは控えめな印象を受ける。デザインも装備も、必要以上に目立とうとはしていない。
どこか、野に咲く花のような佇まいだ。誰かに見られることを意識して咲いているわけではないのに、ふと目を奪われるような自然な存在感がある。気取らず、けれど美しい。そんな質感が、このクルマにはある。
生まれたままのプレーンな姿、とでも言えばいいだろうか。手が加えられていないことが、このクルマではむしろ個性になっている。
6速マニュアル
この個体がほかのSLKと決定的に違うのは、トランスミッションだ。6速マニュアル。いまや珍しいどころか、絶滅危惧種に近いが、このSLK200にはそれがある。
SLKの歴史は1996年、初代R170型から始まる。2代目R171型を経て、2011年に登場したこのR172型は、シリーズとしての完成形ともいえる世代だ。
そしてこのR172型のSLK200に限り、日本で初めて、そして唯一マニュアル仕様が正規導入された。
初代・2代目にも欧州向けにはマニュアル仕様が存在していたが、日本に導入されたものはすべてAT。後継のSLCも同様にATのみで、国内で正規にMTとして走ったSLKは、このR172のごく一部に限られる。
同じセグメントを見渡しても、この体験は本当に限られている。
BMW・Z4は欧州仕様に6MTが用意されていたものの、日本市場ではほとんどがATのみ。アウディ・TTに至っては、そもそもFFもしくは4WDのレイアウトで、FRのような操舵感を求めるなら方向性が異なる。マニュアル仕様の比率も低く、多くはSトロニック搭載車だ。
そしてSLK自身も、前述の通りマニュアルはごくわずか。
SLKというクルマに乗ること自体は難しくない。だが、この仕様で、この感触を味わえる個体となると、選択肢はほとんど残っていない。希少性というより、「体験できるいま」があまりに貴重だということ。それがこのクルマを特別なものにしている。
ドイツ本国の空気感
実際に走らせてみると、足まわりは硬すぎず柔らかすぎず、ステアリングも落ち着いた味付けだ。乗り味そのものはスポーツカーというより、むしろグランドツアラー的な性格に近い。だが、それがいい。スポーティではない車を、スポーティに走らせてみる──そんな愉しみ方が似合う。
そして、操作の節々からは、どこか古き良きメルセデスの名残を感じさせる。過敏すぎず、穏やかすぎないステアリング。踏み込みに対して素直に反応するブレーキ。どれも、現代の車のようにすべてが効率よく制御された感覚とは少し違う。機械が先回りせず、人の操作をじっくり受け止めてくれるような懐の深さがある。
見た目のプレーンさと、この操縦感覚、そして6速マニュアルという組み合わせが、このクルマに“本国仕様”を思わせる空気感をまとっている。素の素材感と設計思想が前に出ていて、いわゆる「本物のメルセデスらしさ」をじわりと感じさせてくれる。ブランドの原点を体験できる、そんな一台だ。
結果として、見た目も乗り味も、どこまでもプレーン。けれど、その積み重ねが、かえってSLKというクルマの根っこ──つまり、メルセデスがかつて大事にしていた美意識や設計思想のようなもの──を、じんわりと浮かび上がらせてくれる。
どこでだって絵になる
プレーンで素朴な印象を受けるこのSLK200。けれど、そこは2シーターのオープンカー。屋根を開けた瞬間に景色が変わる。空と風が視界いっぱいに広がり、普段とはまったく違う時間が流れ出す。他の車種では味わえない、オープンカーならではの華やかさが、このクルマには備わっている。
しかも、ボディカラーはファイアオパール。やや懐かしさを感じさせるネーミングとは裏腹に、その赤は想像以上に鮮やかで、陽の光を浴びるとみるみる表情を変える。屋根を開けて走れば、海岸線でも、緑の森の中でも、そして街中でも様になる。ファイアオパールの赤は、その風景に柔らかな輪郭を与え、走ることにささやかな演出を添えてくれる。
プレーンな素体に、鮮やかな赤、そしてオープンカーという性質。そのコントラストが、このクルマに独特のリズムを与えている。 派手ではないが華やかで、気取らないけれど目を引く。そんな不思議なバランスの上に成り立っている。
この感触を、いま
このSLK200には、野草のような素朴な美しさがある。つくられた艶やかさではなく、自然体でそこにあることでにじみ出る静かな魅力。その佇まいには、気取らない凛とした品格が宿っている。
走行距離はわずか2万3000km。内外装のコンディションもきわめて良好で、機関の状態も健やか。十年を経た今なお、摘みたてのようなみずみずしさを湛えたまま、丁寧に乗り継がれてきたことが感じ取れる。
そして何より、この一台には、古き良きメルセデスの名残が確かに息づいている。人の操作を受け止める穏やかさ、過度に制御されていない素の乗り味。効率よりも、応答の自然さを優先するような感覚。
2シーターのオープンカーという非日常性もあいまって、そうした感覚はより鮮明に浮かび上がる。ただ希少なだけではなく、“今この状態で、それを実感できる”という体験こそが、このクルマの本当の価値なのかもしれない。
SPEC
メルセデス・ベンツ SLK200
- 年式
- 2013年式
- 全長
- 4140mm
- 全幅
- 1810mm
- 全高
- 1290mm
- ホイールベース
- 2430mm
- パワートレイン
- 1.8リッター 直列4気筒ターボチャージャー
- トランスミッション
- 6速MT
- エンジン最高出力
- 184ps/5250rpm
- エンジン最大トルク
- 270Nm/1800–4600rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。