BMW M3(FR/7AT)主張しないという「美学」

BMW M3(FR/7AT)主張しないという「美学」

2007年に日本でデビューしたBMW M3(E90型)を、2022年の今、改めて試乗。内外装は主張しすぎず、それが奥ゆかしい。それでいて走りは堪能的。今だからこそ光る、「いい時代のM3」をじっくりと堪能する。

「BMW M3」というシンボル

今回試乗するBMW M3は、全世代を通じて4代目。2007年〜2014年のあいだ生産された。クーペ=E92型、後から加わったセダン=E90型、その1年後に華を添えたカブリオレ=E93型をそれぞれ名乗った。

M3の起源は日本でも大きな人気となった1980年代終わりあたりのDTM(ドイツツーリングカー選手権)第一期まで遡る。

グループA規定ゆえ、市販車に近い形でサーキットに投入されたマシン達。中でもBMW M3、メルセデス・ベンツ190エボII、そしてアルファ・ロメオ155 V6 TIがサーキットで火花を散らし、日本でも大々的に取り上げられた。

公認レースに出るには機関による認証が必要(ホモロゲーション)で、DTMの場合は「市販車であること」という条件がある。つまり初代M3は、レースに出るための条件をクリアする必要があって市場投入された。市販車を増強した、今の高性能モデルとは成り立ちが逆だという点もポイントだ。

その後1993年から2代目(E36)が投入される。2000年から3代目(E46)に切り替わる。そして今回試乗する第4世代(E90/E92/E93)。ここで天変地異が起こったのだった…。

V型8気筒をどう見るべきか?

4代目のBMW M3がまず大きく注目されたのは、直列6気筒エンジンがV型8気筒エンジンに置き換わったことだった。

ピストン運動は、偶力/二次振動と切っても切れぬ関係にある。これを抑えた直列6気筒は「シルキーシックス」と呼ばれ、多くのBMWファンを生むことになった。

けれど4代目M3はV型8気筒を載せた。4.0リッターV型8気筒自然吸気エンジンは420ps/8300rpmと、400Nmを湧出。

ドロドロ低く唸るV8を想像すると、これまでの「直6」を名残惜しむ声は無理もないけれど、それは違う。

エンジン内部、ピストンが絶えず往復している。シリンダー内側の直径=ボア:92.0mm、行程(上死点から下死点までの距離)=ストローク:75.2m。短いストローク=高回転型。8400rpmまで回る。また前世代のM3が搭載した直6より15kg軽い。

ボア/ストロークの数値でピンと来たあなたはマニアックだ。V型10気筒自然吸気エンジンを載せたE60型M5と同値。(なおM5のレブリミットは8250rpm=実は8500rpmまで回るけれど…)

参考までに同時期に市場投入され、V型8気筒6208ccユニットを載せたメルセデス・ベンツC63 AMGはボア:102.2mm、ストローク:94.6mm。ドロドロ言った。

4代目M3。およそどんなエンジンかは想像できてきたことだろう。

試乗の前に内外装を見ていこう。

ことさら主張しない「美学」

E90型M3を前にまず感じるのは、その奥ゆかしいエクステリアである。

今のM3は、大きく穴がえぐられ、前後左右どこにも大々的な加飾がある。間違っても「羊の皮をかぶった狼」とはいえず、さながら「狼の見た目どおり」だ。

対する4代目を前から見ても違いは控えめ。V8を収める為に膨らんだボンネットや専用バンパーなどで見分けはつくけれど控えめ。もっちりとしたハイトのタイヤは攻撃的だと感じさせないし、それどころか乗り心地の良ささえ連想させる。

左右を見つつリアに回る。フェンダーは、アーチ周辺から急角度をつけて膨らむ。このフェンダーのお陰で「胴」の部分がくびれて見えてセクシーだ。ツインストークのミラーは、憧れの形状。トランク上のスポイラーは、小さく薄いものが先端に乗っかっているだけにとどまる。

今やM3のシンボルと言える左右2本ずつ計4本出しの円形エグゾーストは小さい。リアフェンダーもフロントと同じ言語でキュッと張り出す。じつはファットなリアタイヤ(265/40ZR18)が見える。深めのコンケーブが美しい。

真後ろから見るリアの見た目に筆者個人としては強く惹かれる。下半身からキュッとフェンダーが張り出し、台形のようなルックス。控えめなマフラー。

それでも分かる人にしか分からない。ボディカラーにもよるけれど、これなら冠婚葬祭いずれもサラッとこなせそうだ。

内装も「Mでござい!」な所は最低限。シフトノブの形状、ダッシュボードの加飾、シート形状くらいのものだ。この個体は黒の外装に黒の内装。シックな組み合わせは実直で、紳士の仕事場を思わせる。

実際に乗るとどうだろう?

今だからこそ光る「生々しさ」

ゴチっとした感触のドアノブを引き、大きめなサイドボルスターが脇腹を支えるシートに腰を下ろすと、意外な柔らかさに驚く。好戦的な感じはこの時点でゼロ。

キーを挿してハンドル脇のスイッチを押す。短く甲高いクランキングが1秒もせずに終わると「フォンッ!」と一発、太くて短い乾いた排気音が鳴る。

走り始めると。まずDCTによる矢継ぎ早の変速に恐れ入る。トントントンと息継ぎなしに変速と加速が繋がる。

パーシャルでゆっくり走るときに聞こえる反響音は、あくまでエンジンから聞こえるメカニカル音だ。同じ年代のZ4 M(こちらはE46 M3の直6)もまた、排気系で何とかした排気音とは異なるメカニカル音だったことを思い出す。いい時代だったなぁ…。いずれの音も、精密機械を思わせる。遊びがなく、粒の揃った音。いかにも硬派な感触である。

スピードを上げていくと、やはりメカニカル要素の近い音がそのまま音量をあげる。7000rpm近くではすこし太い排気音が重なる。「バイクかな…」と思わずひとりごちる。回転感の軽さに唸る。

かといって飛ばさずにはいられないという類のものではないのは、あたりの柔らかい乗り心地と、神経質に反応しないステアリングに拠る所が大きい。「快適」といって差し支えないだろう。

楽しみたいときは前後の理想的な重量バランスや、左右駆動力配分を0:100から100:0まで振り分けてくれるMディファレンシャルロックを開放してやればいい。

思えば現代のクルマは味付け過多になった。空高くクリームが盛られたパンケーキも、タピオカミルクティーも、もう皆忘れてしまっている。マリトッツォも、そろそろ過去のものになるだろう。

一方、定評ある老舗の長く愛される和菓子には、その素材の味わいを確かに感じ、またもう一度頂きたいと思える風味の重なりがある。(頂く度に新たな気付きもある)

4代目のM3も生々しい。ドアノブの感触から始まり、ステアリングのリアルな重み、重層的なエンジンフィール。

2022年の今、このクルマに向き合うと、はっとさせられる存在なのである。

SPEC

BMW M3

年式
2008年
全長
4590mm
全幅
1820mm
全高
1440mm
ホイールベース
2760mm
トレッド(前)
1540mm
トレッド(後)
1540mm
車重
1660kg
パワートレイン
4.0リッターV型8気筒
トランスミッション
7速AT
システム最高出力
420ps/8300rpm
公称燃費
400Nm/3900rpm
サスペンション(前)
ストラット
サスペンション(後)
5リンク
タイヤ(前)
245/40 ZR18
タイヤ(後)
265/40 ZR18
メーカー
価格
店舗
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