大柄なボディにド派手な色。2人しか乗れず、実用性よりも贅沢を優先したクルマ。だからこそ、このSL350(R231)をセカンドカーとして大いに推薦したい。
INDEX
無駄とも思える豊かさ
SLという車を知っている人なら、長い全長とロングノーズ、低いウエストラインが描く独特のプロポーションはすっかりおなじみだろう。
けれど、改めて向き合うとやはり思う。このサイズを、たった2人だけのために使う潔さこそが、SLの魅力の本質だと。
ポルシェ・911やBMW・6シリーズのようにリアシートを用意する選択肢もあったはずだ。それをあえて捨てて、2シーターに割り切る。
結果として、運転席も助手席も、どこまでも広い余白と贅沢な質感を独占できる。
全長は4612mm。当時のCクラスよりわずかに長い。5人が乗れるセダンよりも大きなスペースを、あくまで2人のためだけに用意する。
この車に乗るたび、そんな無駄とも思える豊かさが、やはり正解だったのだと感じさせられる。
その割り切りを受け入れるなら、どうせなら色だって華やかなほうがいい。
オープンカーで、スポーツカーで、実用から一歩も二歩も離れた贅沢を味わうのなら、ファイアオパールのような赤を選ぶことに迷いは要らない。
派手だと思う人がいても構わない。乗っている本人にとっては、この色がもたらす特別感と開放感が、いちばんわかりやすい愉しみになる。
ちゃんとスポーツカー
長く伸びたノーズの中には、自然吸気の3.5リッターV6が収まっている。数字だけを見れば、今どきのターボや電動ユニットのような華やかなスペックではない。けれど「NAのV6」という響きだけで、もう心が躍る。
そして、走り出すとすぐに、このクルマが決して見た目だけのグランドツアラーではないことがわかる。
特別に速いわけではないけれど、運転していて気持ちがいい。
車体の大きさを裏切るような軽快さがあり、驚くほど素直に鼻先が向きを変える。FRという駆動方式と、しなやかに動く足まわりのおかげで、ワインディングをハイペースで走り続けられる。
そのしなやかさは、メルセデスが上位グレードを中心に用意してきた電子制御サスペンション「アダプティブダンピングシステム」の恩恵といえる。路面状況や走行モードに応じて4輪それぞれの減衰力をリアルタイムで調整し、柔らかさと引き締まりを自在に行き来する。
おかげで、ただの快適なGTにとどまらず、スポーツカーとしての楽しみもきちんと味わえる。
350を選ぶ理由
もっとパワフルなSL550やAMGのSL63ではなく、日本導入モデルとしてはエントリーモデルだったこのSL350をあえて選ぶのにも意味がある。
なぜなら、この世代のSLで自然吸気エンジンを積むのはSL350だけで、どこまでも気持ちよく回転するV6を持っている。その澄んだサウンドが、軽快な乗り味と相まって、そのスポーツカーらしさをいっそう際立たせ、心地よい高揚感をもたらしてくれるからだ。
街中や都市高速をゆったりと流す時間も、このクルマの魅力のひとつだ。けれど、本当に楽しさが際立つのはワインディングだと思う。「SL=優雅なグランドツアラー」という先入観があるなら、一度、山道を走らせてみてほしい。
少しテンポを上げてラインを選ぶように走ると、このSLがしっかりとスポーツカーとしての顔を見せてくれるのがわかる。
そういった意味でも、これはセカンドカーとして理想的な一台だ。休日に気負わずステアリングを握る時間が、きっと特別なひとときになる。
色褪せない存在感
多くの人にとって、このSL350はメインの一台にはならないかもしれない。それでも「ガレージに一台だけオープンカーを加えたい」と思ったとき、これほど理想的な候補はそう多くない。
全長4.6メートルを超える2シーターという贅沢なパッケージ。快適さと華やかさを備え、都市高速でもワインディングでも、その場に合わせた表情をきちんと見せてくれる素直な走り。
また、見た目の大きさとは裏腹に、メルセデス特有の大きな切れ角とFRのステアリングジオメトリーのおかげで驚くほど小回りが利く。街中での取り回しも苦にならない。
ただ眺めているだけでも満足できるスタイルがあり、いざ乗ればスポーツカーとしての一面を存分に楽しめる。
新車では1200万円を超えていた車が、いまや中古市場では現実的な金額で手に入るようになった。それでいて、乗り味も存在感も、一切色あせていない。
「どうせ持つなら、こういう派手な赤いSLを気兼ねなく楽しめる余裕がほしい」
そんな思いを肯定してくれる一台だと思う。
このクルマを迎えることは、スペックや合理だけでは語れない豊かさを、きっと与えてくれるはずだ。
最後の“SL”
このモデルが登場した頃、環境性能や効率化ばかりが声高に語られ始める時代に、あえてここまでの贅沢を続けることに疑問の声が出ることもあった。
だが10年以上経った今振り返ると、この潔い贅沢がむしろ魅力だと感じる。
全身を赤で塗り、長いボディを2人のためだけに使い、電動バリオルーフを装備する。何かを合理化するどころか、無駄をあえて抱え込む。ただ2人が、何もせずに贅沢な移動を愉しむために存在する。
今の新車にはもうほとんどない価値観だ。
現行のR232型ではハードトップが廃止され、2+2シーターへと変わった。しかも、開発・販売がAMG専売となり、価格も一段と上がった。
2シーターの、いわゆる“SLらしいSL”は、現時点ではこのR231が最後の一台だ。
それでも、このクルマには古さを我慢するような煩わしさは一切ない。
スマートキーやバックカメラといった装備がきちんと備わり、空調や電装系もまだ十分に現代的だ。ただクラシックな味わいを楽しむのではなく、いつでも当たり前のように快適に使える安心感がある。
だからこそ、セカンドカーとして理想的な一台だと思う。派手すぎるくらいの色も、2人のためだけに用意された空間も、余裕を楽しむ贅沢も、全部ひっくるめてこのSLは特別だ。
こんなふうに気負わず非日常を手に入れられる一台は、もう多くは残っていない。
SPEC
メルセデス・ベンツ SL350
- 年式
- 2012年式
- 全長
- 4,612mm
- 全幅
- 1,877mm
- 全高
- 1,313mm
- ホイールベース
- 2,585mm
- 車重
- 1,730kg
- パワートレイン
- 3.5リッター V型6気筒
- トランスミッション
- 電子制御7速AT
- エンジン最高出力
- 306ps/6,500rpm
- エンジン最大トルク
- 370Nm/3,500〜5,250rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。