メルセデス・ベンツSL350(FR/7AT)タイムスリップ

メルセデス・ベンツSL350(FR/7AT)タイムスリップ

整備に手を抜かず、そしてお金を惜しまずに15年を経た、メルセデス・ベンツSL(R230)は、ドアを閉じた途端、当時にタイムスリップさせてくれたのでした。

5代目のメルセデス・ベンツSL

メルセデス・ベンツSLは、1954年から続くモデルだ。2023年現在、7代目まで進んでいる。

長い歴史ゆえ「SL」と言われて想像するモデルが、パゴダルーフの時代だったり、四角い「目」のカクカクとしたボディの時代だったり、あるいはバブル期の象徴のようなモデルだったりと、それぞれ異なることだろう。

今回レセンス編集部が目をつけたのは2001〜2011年に生産された5代目。R230と呼ばれる世代である。2000年前後といえば、各自動車ブランドが、素材をコストカットし始めた時代だから(メルセデス・ベンツも例外ではない)不安はあるけれど、そんなことを吹き飛ばす、新車のような個体に出会った。

他の世代の濃いキャラクターを考えると大人しさも否定できないけれど、そんな世代に「穴場」的な魅力があればなあ、なんていう好奇心と探究心こそがこの車との出会いである。

さてこの5代目、最大の変化とも言えそうなのが、ルーフである。取り外しできるハードトップから、電動格納式ハードトップへと生まれ変わった。16秒で開閉が完了する。開いたルーフはトランクに収まる。

搭載エンジンも華やかだった。最も小さいもので、3.5リッターV6搭載のSL350(テスト車)。もっとも大きいエンジンは6リッターV12ツインターボだった。その他に5.5リッターV8がラインナップ。昔に恋い焦がれても仕方ないが、今からすると華やかな時代だった。

まるで奇を衒わなかった内外装

いつぶりの再会だろうか。どこか懐かしくもあるけれど、思った以上に古びてもないというのが私の印象であった。

たとえばフロントバンパー上に並ぶ、丸いソナーは時代を感じさせる。シフトノブやステアリングの形状も、どこか懐かしい。

しかし全体のフォルムは端正だ。今の車のゴテゴテとしたパーツはない。つるんとしているけれど、やわらかな抑揚がある。この世代をデザインする方が、実は難しいことだったのではあるまいかと思ったりもする。

決して小さくはないサイズ(全長×全幅×全高=4540×1830×1315mm)ながら、たったの2座しかないため、ラグジュアリーな小舟を思わせるゆとりがある。

オレンジがかったグレーとクリームホワイトに近いベージュのレザーに明るいウッドが組み合わさる内装も実に優美だ。革は柔らかい。シートにも厚みがある。凝ったステッチやガラス細工など、取り立てて派手なディテールは無いけれど、贅沢な時間を過ごすために作られた空間であることは、たとえ車に興味がない人が乗ってもすぐに気付くことだろう。

どこか落ち着くのは、過度な先進性でも、気が遠くなる古さでもない、程よい「気抜け」感によるものかも知れない。あまり飛ばさずにゆったりとドライブに出たくなった。

アクセル踏めばタイムスリップ

キーをひねると、3.5リッターV6エンジンはフォーンと音を立てて目覚める。すぐにアイドリング回転域に落ち着き、その際の音は無音に近いくらい静かだ。耳に届く音が不快でないのは、粒が小さいきめ細やかなサウンドだからであろう。耳心地が良い。

程よい重みのアクセルを踏むと、ゆったりと車体が前に進む。ああ、20年前のメルセデスってこうだったよなと思い出す。すぐに思い出し、馴染むのは、動作に遅れがあるわけでも切迫したわけでもない、程よくリラックスした仕立てであるからだろう。

自然吸気ならではの、たおやかに回りゆくV6エンジンよ…。一度味わったら癖になる。過剰な演出はなし。というかそもそも、演出しようという意志は一切感じられない。ギミックなしのエンジニアリングだけの調和によって、私は心底リラックスしている。

この車ならではの特別なポイントとして、整備記録が連綿と続いており、新車のおろしたての如き美しさと、すべての機関が完調であることも魅力を引き立てている。

乗り心地はトロントロンにやわらかで、それを受け止めるボディ側に緩みが見当たらない。

「当たり」の個体とはよく言うけれど、この車以上のコンディションは、新車を求めるしかないほどに完璧であることが、SLへの好印象を一段と引き上げてくれているのだ。

これだから車趣味はやめられない

2001年のデビュー当時にこの車に乗っていれば、私はきっとこう言っていただろう。「今までのSLとは見た目が違うし、どことなく今までと比べて薄味じゃない?」と。

20年の時を経て、当時の自分にこう言ってやりたい。「あれから20年経ったけれど、良くなった部分と、明確に損なわれた部分が、混ざり合っているよ」と。つまり「今を味わう」という事が、その車へのリスペクトになるのだと。

随分とAIが進化してきた今でも、ドラえもんの世界のようにタイムスリップは敵わない。しかし、このSLに乗れば、あの時、あの香り、あの空気が一気に蘇ってくる。

あまりにも美しく、そして懐かしいSLから降りると、暑苦しく、しがらみだらけの現実が待っていた。どうにも嫌になって、色んな理由をつけて、もう一度このSLに乗り込んだのでした。1.1万kmのSL、サイコー……。

車趣味は、だからやめられないのである。

SPEC

メルセデス・ベンツSL350

年式
2008年
全長
4540mm
全幅
1830mm
全高
1315mm
ホイールベース
2560mm
トレッド(前)
1560mm
トレッド(後)
1540mm
車重
1780kg
パワートレイン
3.5リッター直列6気筒
トランスミッション
7速AT
エンジン最高出力
272ps
エンジン最大トルク
350Nm/5000rpm
サスペンション(前)
4リンク
サスペンション(後)
マルチリンク
タイヤ(前)
255/40 R18
タイヤ(後)
285/35 R18
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