世代を超えて同じ系譜を味わう。996の切れ味と997の軽やかさ。その違いを確かめることは、スペックではなく感性を測る行為に近い。この997GT3は、そんな“人の手で操れる感性”を残した、最後の一台かもしれない。
丸みを帯びた乗り味
前回は996GT3を試乗した。
あの鋭さはいまでも忘れがたい。脳が吹き飛びそうな高揚と、一瞬でも気を抜くと制御を失いそうな緊張感。
そして今回は、次の世代──997GT3にハンドルを渡した。
垂直テイスティング。ひとつの銘柄を世代ごとに味わい、その年ごとの出来や味わいの違いを確かめる贅沢。
996GT3がカミソリのような切れ味を見せるなら、997GT3はそこに丸みを帯びた香りを加えた一台だ。
街乗りでも十分に楽しめる仕立て。速度を抑えたままでも軽快さと生々しさが感じ取れる──そんな熟成の余韻を感じさせるGT3だった。
997.1の軽さと生々しさ
この個体は2008年式。997前期、いわゆる997.1GT3の最終年型にあたる。
997自体が前期と後期でキャラクターが異なるモデルだ。
後期の997.2は確かに完成度が高い。エンジンは3.8リッターへ拡大し、直噴化によって出力と応答性が向上。シャシーの剛性も高まり、走り全体がより安定した。
だが、それと引き換えに失われたものがある。それが、この前期型がいま再び注目されている理由でもある。
997.1GT3が搭載するのは、メッツガー型の3.6リッター自然吸気フラットシックス。415psという数字は、現代のGT3から見れば控えめに映る。
しかし、その“足りなさ”がちょうどいい。踏み込める領域が広いから、街中でもしっかりとエンジンを回して楽しめる。
997.2との車重の差は、カタログ上ではわずか5kgほど。それでも997.1のほうが軽いと感じる人が多いのは、パワーが控えめな分、街中でもしっかりと回して走れるからだ。回せるからこそ、動きに軽快さが宿る。
数値では測れない軽さがそこにある。
挑む楽しさ
997GT3は、歴代の中でも“ちょうどいい”バランスを持ったモデルだ。
GT3らしいストイックさはそのままに、996ほど尖っておらず、991以降ほど重厚でもない。ちょうどその中間にあるマイルドさが997の持ち味だ。
3.6リッターの自然吸気エンジンは、後継世代のハイパワー化したGT3と比べて、荒々しさを残しながらも踏み込める余白がある。ホイールベースは短く、街乗りでも扱いやすい。
コーナリングでは、電子制御が手厚くサポートしてくれる現代のポルシェと違い、しっかりと荷重をかけてやらないと曲がらない。
997までは、ほんのわずかな舵角やアクセルの加減で挙動が変わる。
自分の力量で操れる感覚があり、逆に言えばクルマから試されているようでもある。その緊張感に、挑む楽しさが残っている。
この997GT3は、そんな“人の手で操れる”素顔を残した、最後のGT3かもしれない。
クルマ選びの醍醐味
この個体にはPCCB(ポルシェ・カーボン・セラミック・ブレーキ)が備わっている。
ブレーキタッチの違いや、バネ下の軽さを公道で明確に感じ取ることは難しいが、イエローキャリパーが視界に入るだけで気持ちが高ぶる。
性能面で劇的な差を感じることはないかもしれない。
それでも、当時150万円を超える有償オプションだったこの装備が付いた、状態の良い個体をいま探そうと思うと、そう多くはない。
PCCBが備わっていることで、後悔の少ない一台と言えるだろう。
新車時の車両価格は約1500万円。
当時としては高価だったが、いま振り返れば驚くほど誠実な値付けだったと思える。
993カレラRSはすでに現実的な価格ではなくなり、996や997がその仲間入りをする日もそう遠くはないだろう。実際に、1年前と比べても相場は上昇傾向にある。
これまで多くの911に乗ってきたからこそわかる違いがある。
今回比較した996と997だけではなく、モデルやグレードの違いに加えて、前期と後期といったマイナーチェンジでも乗り味が変わるのは当然のことだ。
それは、同じ畑で育ったワインが、テロワールによって風味を変えるのと同じだ。
どれも、それぞれに味わいと楽しさがある。
けれど、それが自分に合うかどうかは、スペックでも評判でもなく、実際に乗ってみなければわからない。
そして、その確かめる行為こそが、クルマ選びのいちばんの面白さなのだろう。
だから人はまたハンドルを握る。未知の一本を味わうように、そして、まだ見ぬ感性に出会うために。
SPEC
ポルシェ・911 GT3
- 年式
- 2008年式
- 全長
- 4,435mm
- 全幅
- 1,810mm
- 全高
- 1,270mm
- ホイールベース
- 2,350mm
- 車重
- 約1,395kg
- パワートレイン
- 3.6リッター 水平対向6気筒
- エンジン最高出力
- 415ps/7,600rpm
- エンジン最大トルク
- 405Nm/5,500rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。