ロータリーの響き、オープンの匂い、黒いボディの艶。速さではなく、気持ちよさで魅せるスポーツカー。30年を超えても、RX-7はカッコいい。
INDEX
わずか1.3リッター
ロータリーエンジンを運転するのは初めてだった。
キーを回すと、かすかな震えとともに、機械というより電動モーターのような静かな回転音が広がる。
13B型ロータリーターボ。排気量はわずか1.3リッター。
もちろん、ロータリーでは1ローターあたり654cc×2という構造上の数字であり、ピストンエンジンの1.3リッターと同じ感覚で語れないことはわかっている。
けれど、その「1.3」という数字を意識しながら走ると、理屈と体感が少しずれるような心地よいギャップがある。
振動は少なく、回転はどこまでも滑らか。多気筒のV型エンジンのような厚みと、タービンの羽がまわるような軽やかさが同居している。
この小さなユニットが、どうしてこんなに大きな世界を動かせるのか──その矛盾を抱えたまま走ること自体が、すでにロータリーの醍醐味なのかもしれない。
五感で感じる
このオープンカーは、当時としては珍しい電動ソフトトップを備えている。
とはいえ、現代のようにボタンひとつで完結するわけではない。
サンバイザーをおろし、カバーをめくってロックを外し、ロータリー式のスイッチをひねる。少し上がったら一旦止めてロックを戻し、最後まで開いたらクルマを降りて屋根を折る。さらに幌を収納したあとには、レザー製のトノカバーをかけ、ボタンを止める。
作業を終えるころには、軽く汗をかいている。このクルマの一年遅れでデビューした初代ロードスターの手動オープンの方が、よほど早くて簡単だ。
この一連の動作を、手間だと感じる人もいるだろう。
しかしそれは、閉じていても開けても美しい、このクルマのプロポーションを保つための“儀式”のようなものだ。
幌がたたまれ、後方視界が開けた瞬間、空気の流れが変わる。走り出すと、排気音とともにロータリー特有のオイルの焼ける甘い匂いが風に混じる。
マツダが生み出したRX-7という名車に乗っていることを、五感で実感する瞬間だ。
気持ちのいい加速
街中では、正直に言えば遅く感じた。
信号が青に変わり、アクセルを踏んでもすぐには前に出ない。ゆっくりと、だが滑らかに加速していく。
ピュアスポーツカーとしてのRX-7に抱いていたイメージからすると、拍子抜けするほど、意外な穏やかさだった。
けれど、郊外の見通しのいい道で思いきってアクセルを踏み込んでみた瞬間、印象が変わった。
中速域に入ったあたりから、加速の質が変わる。それまで穏やかだったエンジンが、ひと呼吸置いてから軽く伸びていく。滑らかに回転が上がり、音も澄んでくる。
ATでも、踏み込めば5000rpm近くまでしっかり引っ張ってくれる。それ以上の領域は一般道では確かめられなかったが、中速から高速域へ抜けていくその一瞬に、このクルマの気持ちよさが凝縮されている。
そして、オープンエアの背中から聞こえてくる、乾いた排気音がこのクルマがスポーツカーであることを思い出させる。
気がつけば、パネル中央の大きなタコメーターと、プレッシャーゲージの針の動きを目で追っていた。思わず前の車とわざと距離をあけて、その加速をもう一度味わいたくなる。
ATでも十分に心地よく、このエンジンはきっと、数字では測れない領域で魅力を出すタイプなのだろう。
旧車という言葉は似合わない
このクルマが、いまもこうして特別な気持ちを与えてくれるのは、状態が驚くほど良いからだ。
走行距離はわずか2万キロ台。平成20年以降はおおむね2年おきに整備が行われ、最新の記録は令和7年7月まで残っている。
整備記録簿には、長年にわたるメンテナンスの履歴が丁寧に記されており、その紙の束が、この一台がどれほど大切に扱われてきたかを雄弁に物語っている。
シートのレザーにはほとんどスレがなく、トノカバーの質感も新品のライダースジャケットのように張りがある。
電動オープンやライトを操作する、ロータリー式スイッチの操作感は今見ても新鮮で、当時のマツダのデザイン感覚の確かさが伝わってくる。
昭和から平成へと時代が移り変わるころに生まれたクルマ。もうすぐ40年を迎えるとは思えないほど、今も凛とした佇まいを見せる。
このクルマに旧車という言葉が似合わないのは、ただ古くないからではなく、大切に扱われながら受け継がれてきた時間が、この車体の中に宿っているからだ。
“ピュア”じゃなくても
後継のFD型RX-7がプレミアムカーとして価格を上げていくいま、このFCも、いずれその仲間入りを果たすかもしれない。
とはいえ、ピュアスポーツとしてのFCを求める層からすれば、このATのカブリオレは中途半端に映るかもしれない。
けれど、実際にハンドルを握っていると、そんなことはどうでもよくなる。
山道を攻めなくても、驚くような速さがなくても、このクルマの「カッコよさ」は十分に味わえる。
それは、黒いボディにリトラクタブルヘッドライトから続く、流麗なライン。ロータリーエンジン特有の排気音とほのかなオイルの匂い、中速域での滑らかな加速。そして何より、RX-7という名車、それもオープンモデルに乗っているという事実。
ただハンドルを握り風と音に包まれる、もうそれだけで十分だと思えてくる。
エンジンを止め、幌を畳みながら、夜の都市高速を流すこのクルマを想像してみる。ガラス越しに流れる街の灯りが、黒いボディに静かに映り込む。
やっぱりこのクルマは、カッコいい。
SPEC
マツダ・サバンナRX-7 カブリオレ
- 年式
- 1988年式
- 全長
- 4,315mm
- 全幅
- 1,690mm
- 全高
- 1,270mm
- ホイールベース
- 2,430mm
- 車重
- 約1,360kg
- パワートレイン
- 1.3リッターロータリーターボ
- トランスミッション
- 4速AT
- エンジン最高出力
- 185ps/6,500rpm
- エンジン最大トルク
- 248Nm/3,500rpm
中園昌志 Masashi Nakazono
スペックや値段で優劣を決めるのではなく、ただ自分が面白いと思える車が好きで、日産エスカルゴから始まり、自分なりの愛車遍歴を重ねてきた。振り返ると、それぞれの車が、そのときの出来事や気持ちと結びついて記憶に残っている。新聞記者として文章と格闘し、ウェブ制作の現場でブランディングやマーケティングに向き合ってきた日々。そうした視点を活かしながら、ステータスや肩書きにとらわれず車を楽しむ仲間が増えていくきっかけを作りたい。そして、個性的な車たちとの出会いを、自分自身も楽しんでいきたい。