快適さを極めた現行とは異なり、先代にはまだ“ゲレンデらしさ”が息づいている。無骨さと上質さを併せ持つこの一台が、あえて旧モデルを選ぶ意味を教えてくれる。
現行では薄まったもの
ドアを閉めると、分厚い金属が重く噛み合うような音が響く。
視界に入るのは直線で区切られた窓枠と、箱のように切り立ったボンネット。そこには、現行のGクラスが徹底して磨き上げた快適性とはベクトルの異なる、質実剛健さが残っている。
いまのGクラスは、ラグジュアリーSUVの理想に近づいた。
ステアリングは軽快で、街中でも扱いやすく、長距離でも疲れを感じさせない。日常のあらゆる場面にスムーズに対応する洗練がある。
だが、その進化が同時に削ぎ落としたものがある。かつてゲレンデヴァーゲンと呼ばれていた頃からの荒々しい気配や、どこか頑固な操作感だ。
この一世代前のGクラスに乗り込むと、そうした濃さがまだ息づいている。
ディーゼル特有の低い唸り、ステアリングの重さ、直線的な見切り。現行型では薄まってしまった、いわゆるゲレンデらしい要素だ。
遠出のために選ぶというより、むしろ日常のひとコマを“非日常”に変えてしまう濃厚さ。それがこの世代のGクラスに触れたときに、まず感じられる魅力だ。
世代ごとに宿る個性
Gクラスの歩みは、単なるモデルチェンジではなく、その時代ごとの個性の積み重ねだった。
軍用車として誕生した初期のモデルは、悪路を走破する道具として徹底的に合理的。
やがて高級SUVとして認知され始めると、レザーやウッドをあしらったラグジュアリーな仕様が加わった。
それでも2010年代前半までのGクラスには、どの仕様を選んでも元々持っていた無骨さが芯に残っていた。
現行型はその歴史を引き継ぎつつ、快適性を大きく高めた。
電動パワステや電子制御の安定性向上は、誰が運転しても安心できる完成度をもたらした。しかし同時に、ステアリングを握ったときの緊張感や、ボディの揺れをダイレクトに感じ取るあの感覚は影を潜めた。
だからこそ、世代を選ぶ意味が生まれる。
現行の快適さを取るのか、旧モデルの濃さを選ぶのか。その選択は単なる好み以上で、Gクラスというクルマにどう向き合うかを物語っている。
旧モデルを所有するということは、現代の便利さとは違う濃さを、あえて楽しもうとする姿勢でもある。
無骨さをさらに
今回の個体は2014年に登場した「35th アニバーサリー エディション」。
Gクラス誕生35周年を記念して日本に200台のみ導入された特別仕様だ。
限定モデルらしく、本革シートやAMG仕様のオーバーフェンダーなど、通常のG350にはない仕立てが施されている。
しかしこのクルマは、記念モデルという肩書きだけで終わらない。
フロントにはG63仕様のバンパーが取り付けられ、迫力が一段と増している。足元にはブラックアウトされた20インチホイールにオールテレインタイヤが組み合わされ、頑強さをさらに強調した姿に仕上げられている。
一方で、ドアを開けると印象は変わる。
キャビンを包むのはチェストナットブラウンのレザー。華美ではなく、落ち着いた色調が持つ上質さが漂う。質実剛健なGクラスのキャラクターと自然に響き合い、クラシカルな趣を添えている。
無骨さを強調する外観と、控えめながらも上質な雰囲気をまとったインテリア。その対比がこの個体を際立たせている。
硬派さと味わい深い落ち着きが同居し、記念モデルという肩書きに収まらない魅力を漂わせている。
あえて選ぶという物語
SUVは数えきれないほど存在するが、世代ごとの選択に意味を持つクルマは多くない。その中でもGクラスほど、旧モデルを選ぶ理由がはっきりしているクルマはない。
しかもその理由は、どの世代にもそれぞれの良さがあるからこそ生まれるものだ。
現行の快適さを取るのか、それとも旧モデルの“ゲレンデらしさ”を選ぶのか。
その分岐は、単なるスペックの比較ではなく、どんな時間を過ごしたいのかという問いに対する答えになる。ラグジュアリーな日常を求めるのか、それとも荒々しい非日常を選び取るのか。
この2014年式のG350は、その問いに対して明確な答えを示している。
無骨にカスタムされた外観と、落ち着いたブラウンレザーのクラシカルなインテリア。その両面を備えたこの個体は、「あえて旧モデルを選ぶ」という物語を体現している。
こういう選び方があってもいい──それもクルマの楽しみのひとつなのだと、このGクラスは教えてくれる。
SPEC
メルセデス・ベンツ G350 35th Anniversary Edition
- 年式
- 2014年式
- 全長
- 4530mm
- 全幅
- 1810mm
- 全高
- 1970mm
- ホイールベース
- 2850mm
- 車重
- 約2500kg
- パワートレイン
- 3.0リッターV型6気筒DOHCディーゼルターボ
- トランスミッション
- 7速AT
- エンジン最高出力
- 211ps/3400rpm
- エンジン最大トルク
- 540Nm/1600〜2400rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。