スーパーカーに「日常性」を求めるなんて、ナンセンスだろうか?だがアウディ・R8スパイダーは、その常識に異を唱えてくる。
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「つまらない」という褒め言葉
スーパーカーに何を求めるか。その答えは、時として熱狂や非日常、あるいは過激さに向かう。ランボルギーニやフェラーリのように、触れる者に、そして、それを見ている者にも緊張を強いる存在は、確かにスーパーカーの王道だ。
だがその一方で、アウディ R8には“つまんないスーパーカー”という不名誉なレッテルが貼られることがある。ドライバーを選ばず、壊れず、素直に走る——それは本来、クルマとして最も褒められるべきことなのに、スーパーカーの世界では「優等生すぎる」とも言われてしまう。
それでもR8は、紛れもなくスーパーカーだ。5.2リッターのV10エンジンをリアミドに搭載し、その走りもスタイリングも、正真正銘スーパーカーのそれである。だが、決定的に違うのは、その「扱いやすさ」にある。
もし下手に扱ったとしても
R8の特徴をひとことで言うなら、気を使わないスーパーカーだ。多くのスーパーカーには、機関や電装系のどこかに、繊細で華奢な一面が潜んでいる。まるで機嫌をうかがいながら乗るような、そんな気難しさがある。
しかしR8は違う。ドイツ車らしいメカニズムの信頼性があり、操作に気を使いすぎる必要もない。だからこそ、乗る前の心構えがいらないのだ。「今日はR8で行こう」と思ったそのときに、すっと日常に溶け込んでくれる。
それでいて、性能が物足りないわけではない。V10自然吸気の咆哮は、一度踏み込めば全身を震わせる。ただし、それが必要以上に過激であったり、神経質すぎたりはしない。
それを「つまらない」と呼ぶか、「付き合いやすい」と捉えるかは、乗り手次第だろう。
すべてを楽しみたいなら
今回乗ったのは、2012年式のR8スパイダー。
ストリートレベルでは十分に強い存在感を放つR8だが、スーパーカー界隈からは「地味」と言われることも。確かにクーペのR8は、スーパーカーにありがちな過激なエアロや派手な演出は少ない。アウディらしい抑制の効いたデザインは、冷静すぎるとも映る。
だがスパイダーは違う。幌を開けたときの開放感、風景まで変わって見えるような視界の広がり、ひとたび走り出せば背後から響いてくるV10の咆哮。特にこの個体では、白いボディに内装の赤いレザーが、スーパーカーらしい華やかさを一層演出していた。
スーパーカーでありながら、気軽に乗れて、素直に楽しい。この軽やかさこそが、このR8スパイダーの真価かもしれない。
V10にしか出せない味わい
このクルマの魅力を語るとき、V10エンジンに触れずにはいられない。エンジンをかけた瞬間、気持ちが変わる──このR8スパイダーのV10には、それだけの力がある。
5.2リッターの自然吸気。最高出力525ps、最大トルク530Nm。スペックだけを見れば、スーパーカーとしては当然の水準だ。だが、実際にステアリングを握ってみると、そのパワーは荒々しく暴れることなく、踏んだぶんだけ素直に加速する。扱いやすく、それでいて刺激的──そんなバランスを備えている。
このエンジンは、アウディが主導して開発し、ランボルギーニ・ガヤルドに搭載されていたものと基本設計を同じくする。そこから時を経て熟成され、R8ではやや扱いやすさを重視したチューニングが施されている。それでも、最高出力を発揮するのは8000rpmという、高回転型の自然吸気エンジンだ。
低回転ではしっとりと粘り、高回転では一気に吹け上がる。その加速はリニアで滑らか。アクセル操作に対する反応が驚くほど素直で、クルマとの一体感を感じさせる。
自然吸気だからこそ味わえる吹け上がりの快感と、V10ならではの厚みのあるサウンド。そのすべてが、ターボや電動アシストが主流となった現代において忘れかけていた、「回して楽しいエンジン」の醍醐味を思い出させてくれる。
ギアの「段差」を楽しむ
そんな高回転型のV10に組み合わされるのは、シングルクラッチの6速AMT「Rトロニック」。この前期モデルならではの機構だ。
デュアルクラッチのような滑らかさはない。むしろギアの繋がりはぎこちなく、Dレンジではときにギクシャクすら感じる。だが、その“段差”こそが、このクルマの味わいなのだ。
ギアが切り替わるごとに生まれる間が、アクセル操作に呼吸のようなリズムを与える。ただ速ければいいわけではない。変速のタイミングに自分の操作を重ねていく──そんな、合わせにいく感覚が、このRトロニックにはある。
シングルクラッチならではのダイレクト感があり、スムーズにつながらないからこそ、“段”ひとつひとつに存在感がある。ギアごとのキャラクターを、身体で受け止めながら走る感覚。それは現代のデュアルクラッチでは味わえない、確かなドライビングプレジャーだ。
あえて手応えを残すことで、ドライバーの感覚が自然と介在する。そこにこそ、このトランスミッションの価値があり、それをいま味わえるという喜びがある。
気構えずにスーパーカーを
全幅は約1,900mmとワイドだが、全長は4,430mmと意外なほどコンパクト。むしろ、大型化が進む現代のクルマ──たとえばカローラやシビックと比べても、わずかに短いくらいだ。それでいて、見た目と性能は完全にスーパーカー。その扱いやすさ、そのギャップが、このクルマの立ち位置を特別なものにしている。
「スーパーカーは特別な日に気合いを入れて乗るもの」。そんな先入観を、このクルマはさらりと打ち消してくれる。まるで、高級レストランにスニーカーでおもむくような贅沢。家の駐車場に普通に収まり、エンジンをかけるのに心の準備がいらない。乗るのに特別な日を待たなくてもいい。それこそが、このR8スパイダーの美点だ。
フェラーリのように官能的すぎず、マクラーレンのようにストイックすぎもしない。
気構えず、リラックスして、ただ走る。それでいて、心が満たされる。R8スパイダーは、そんなスーパーカーだ。
SPEC
アウディ・R8スパイダー
- 年式
- 2012年式
- 全長
- 4430mm
- 全幅
- 1904mm
- 全高
- 1249mm
- ホイールベース
- 2650mm
- トレッド(前)
- 1590mm
- トレッド(後)
- 1580mm
- 車重
- 1770kg
- パワートレイン
- 5.2リッターV型10気筒
- トランスミッション
- 6速AMT
- エンジン最高出力
- 525ps/8000rpm
- エンジン最大トルク
- 530Nm/6500rpm
- サスペンション(前)
- ダブルウィッシュボーン
- サスペンション(後)
- ダブルウィッシュボーン
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。