アウディ・R8(4WD/7AT)ヒストリーの911か、ドラマチックのR8か

真のライバルは911。紛れもないスーパーカーでありながら、GTカーのように気負わず付き合える。そんなR8と過ごせば、何気ない日常もドラマになる。

真のライバルは911。紛れもないスーパーカーでありながら、GTカーのように気負わず付き合える。そんなR8と過ごせば、何気ない日常もドラマになる。

日常にドラマを差し込む

高揚とは、予期せぬ瞬間に訪れるものだ。たとえば、朝、キーをひねるその一瞬に。静かな住宅街に、あのV10サウンドが響くとき──その瞬間に、このクルマが特別な時間をくれることを実感する。

アウディ・R8。5.2リッターの自然吸気V10エンジンを搭載した、アウディ唯一のスーパースポーツ。現行世代としては後期にあたるこの2019年式「V10パフォーマンス」モデルは、もはや完成形と言っていい仕上がりだった。

アウディ・R8(4WD/7AT)ヒストリーの911か、ドラマチックのR8か

スーパーカーでありながら、毎日でも使える。この二律背反を、あっさりと両立してしまうのがR8の魅力の核心だ。

GTカーのように快適で扱いやすい一方で、見た目やサウンドにはスーパーカーらしいときめきが宿っている。走りの鋭さと、気負いのなさ。そのどちらかに偏ることなく成立しているところに、このクルマの魅力がある。

日常の延長線にある扱いやすさに、ふいに差し込まれる非日常──そのギャップこそが、R8というクルマの味わいを決定づけている。

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パーソナル感と上質さの完成度

初代R8(Type 42)の試乗では、「ドレスコード不要のスーパーカー」と表現した。

その評価は、今回試乗した2代目(Type 4S)後期型にもそのまま当てはまる。いや、むしろ装備や制御が進化した分、より日常に寄り添えるようになった感すらある。

2019年式「V10パフォーマンス」。フェイスリフトを受けて顔つきは精悍さを増し、最高出力は従来の610psから620psへと向上。ボンネットには象徴的な3連スリットが入り、ディフューザーやサイドベントの造形も一層アグレッシブになった。数字の変化以上に、全体の雰囲気が締まった印象を与えてくれる。

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内装においても、この個体に備わっていたオプション装備の数々が、このクルマが持つパーソナル感と、ラグジュアリーとしての完成度を一段引き上げている。

たとえば、Bang & Olufsenの13スピーカーは、走行中でもクリアな音を車内に響かせ、音響装備というより空間デザインの一部として機能しているようだった。

アウディ・R8(4WD/7AT)ヒストリーの911か、ドラマチックのR8か

インテリアの質感も申し分ない。グロスカーボンのインテリアパネルにアルカンターラ仕立てのルーフライナー、そして天井にまで施されたダイヤモンドステッチ。一見して目立つものではないが、随所にアウディらしい上質さを感じさせる。

「速い」だけで終わらず、「持つよろこび」までを満たしてくれる総合点の高さ。それは、スーパーカーでありながらGTカーとしての熟成も深めた、このモデルならではの完成度だった。

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ライバルは911

R8は、見た目もスペック上も紛れもなくスーパーカーだ。だが実際に使用すると、スーパーカーというよりGTカー的だ。日常の延長線にあって、気負いなく付き合える。それでいて、いつでも心を動かしてくれる──それが、このR8の立ち位置であり、本質でもある。

だからこそ、R8を語るうえで本当に比較すべき相手は、ランボルギーニやフェラーリではなくポルシェ・911なのだと思う。

アウディ・R8(4WD/7AT)ヒストリーの911か、ドラマチックのR8か

911は、その文脈と歴史の中で「常に正解であり続ける」ことを選んできたクルマだ。進化しながらもアイデンティティを守り、すべてにおいて抜かりなく、そして「いつもの911」であろうとする。だから安心できるし、間違いもない。

対してR8には、安心ではなく期待がある。

たとえば、エンジンをかけたとき。911のフラット6が控えめに目覚めるのに対し、R8のV10は、毎回ちょっとした出来事として響く。気持ちを整えてから走り出すというよりも、走り出すことで気持ちが整う──そんな種類の高揚感がある。

アウディ・R8(4WD/7AT)ヒストリーの911か、ドラマチックのR8か

911が“文脈”のクルマなら、R8は“感情”のクルマ。

ヒストリーの911か、ドラマチックのR8か。そう言いたくなるのは、単に派手さの違いではなく、乗ることで得られる心理的な質感の違いが明確だからだ。

そしてこの「ドラマチック」とは、過剰な演出のことではない。普段使いができる快適さや実用性のなかに、あえて残されたときめきの要素──見た目、サウンド、乗り味、所有体験。そのどれもが、R8を単なる使える高性能なクルマにとどめていない。

アウディ・R8(4WD/7AT)ヒストリーの911か、ドラマチックのR8か

スーパーカーの新しい定義

走行距離わずか8000km。V10パフォーマンスグレードとしても、後期型としても、そして装備内容としても、申し分ないコンディションを保ったこの1台。

だが、このR8を「アウディのスーパーカーの最終形」などと語るのは、少し違う。

特別なのは、音や加速の派手さではない。日常と非日常のバランスを、実際に“使って”感じられるところにある。

アウディ・R8(4WD/7AT)ヒストリーの911か、ドラマチックのR8か

そしてそのバランスは、もしかするとスーパーカーよりもGTカーに近いのかもしれない。だが、それでいて、スーパーカーとしての“夢”を削ることなく成立している。

アウディが電動化へと向かうなかで、このような存在は今後ますます希少になるだろう。

R8は、記号としてのスーパーカーではなく、「日常に差し込めるスーパーカー」という、新たな価値観を提示した存在だ。

こういうスーパーカーが、もっとあってもいいと思う。

SPEC

アウディ R8 V10 パフォーマンス クワトロ

年式
2019年
全長
4420mm
全幅
1940mm
全高
1240mm
ホイールベース
2650mm
車重
1695kg
パワートレイン
5.2リッターV型10気筒
トランスミッション
7速Sトロニック
エンジン最大トルク
620ps/8000rpm
モーター最大トルク(前)
580Nm/6600rpm
  • 河野浩之 Hiroyuki Kono

    18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。

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