メルセデスAMG・GT R(FR/7AT)過激さの最適解

GT Rはサーキットを目指さなくても、日常のストリートで十分すぎる刺激を放つ。操作の余地と緊張感を抱えたまま走る、その危うさこそがこの一台の本質だ。

GT Rはサーキットを目指さなくても、日常のストリートで十分すぎる刺激を放つ。操作の余地と緊張感を抱えたまま走る、その危うさこそがこの一台の本質だ。

レースカーを公道で

メルセデスAMG GT Rを前にすると、どうしても比較対象としてポルシェ・911GT3の存在が頭をよぎる。

どちらもサーキット走行を強く意識して生まれたマシンであり、レースカーに近い思想を市販車へと落とし込み、公道を走れる形に仕立てている点では立ち位置は近い。

仕上がりの精度や操作の正確さにおいて、GT3の完成度はきわめて高い。その挙動には、ポルシェが長年積み上げてきたノウハウが、そのまま反映されている。

だが、このGT Rに乗ると、その比較は次第に意味を失っていく。

メルセデスAMG・GT R(FR/7AT)過激さの最適解

アクセルを踏んだ瞬間、背中から伝わるV8の圧力と、車体全体が前に押し出される感覚が、理屈よりも先に感情を揺さぶる。

速さそのものではなく、昂ぶりの質が違う。どれだけ心拍数を上げてくるか。どれだけドライバーの神経に直接触れてくるか。その方向性が異なる。

サーキットに行かなくてもいい。限界を探らなくても、このクルマは十分すぎるほど刺激的だ。

レースカーを公道で操るという喜びを、日常のストリートで味わえる。

メルセデスAMG・GT R(FR/7AT)過激さの最適解

公道レーサーにこそ

GT Rは、行き先をサーキットに設定しなくても成立する。

走り出すのは、いつものストリート。信号があり、制限があり、流れに合わせて走る、ごく普通の道だ。

GT Rは、そこで意外なほど静かに振る舞う。暴れないし、急かさない。アクセルを深く踏み込まなければ、クルマも深く踏み込んでこない。

ただし、常に張りつめた空気だけは残っている。

足元には、まだ解放していない力が確実に眠っている。それを使うかどうかは、こちら次第だ。

幹線道路での合流や追い越し。ほんの一瞬、アクセルを踏み足しただけで、景色の密度が変わる。

メルセデスAMG・GT R(FR/7AT)過激さの最適解

重要なのは、そこから先だ。これ以上を求めなくても、すでに刺激は十分にある。

GT Rは、タイムを削るための装置ではない。日常のストリートで、レーシングカーの気配を抱えたまま走るための存在だ。

わざわざサーキットへ行く必要はない。行けば確かに使い切れるのだろうが、行かなくても、このクルマはすでに十分すぎるほど尖っている。

GT Rは、サーキットを目指さない“公道レーサー”にこそ似合う。

メルセデスAMG・GT R(FR/7AT)過激さの最適解

トラクションを“管理する”

センターコンソールの上、エアコン吹き出し口の下に、ひとつだけ異質な存在がある。

TCと書かれた黄色い小さなダイヤル。AMGの中でも、GT R系のみに与えられた装置「AMGトラクションコントロール」だ。

操作はいたって単純で、つまみを左右に回すだけの、直感的なアナログ操作だ。

だが、走り出せば違いはすぐに分かる。

少し緩めるだけで、アクセルを踏み足したときの反応が変わる。立ち上がりでリアがわずかに遅れ、タイヤが一瞬だけ滑る。

その先は、すべてアクセル次第だ。戻せば収まり、踏み続ければ滑りが続く。クルマが勝手に抑え込む感じはなく、操作がそのまま挙動に返ってくる。

メルセデスAMG・GT R(FR/7AT)過激さの最適解

一般的なトラクションコントロールは、滑り始めた瞬間に介入するための装置だ。

GT Rのそれは違う。どこまで滑らせるかを、あらかじめドライバーに委ねている。制御は残っているが、出しゃばらない。だからこのクルマは、刺激を均してしまわない。

このダイヤルは、GT Rというクルマの性格をそのまま表している。

完成度よりも、操作の余地。安心よりも、緊張感の濃度。

AMGが最も尖っていた時代の本気は、派手な演出ではなく、こうした静かな仕組みに残っている。

メルセデスAMG・GT R(FR/7AT)過激さの最適解

時代の断面としてのGT R

2017年という時代は、ひとつの境目だった。電動化が本格化する直前、V8がまだ主役でいられた最後の空気が残っていた頃だ。

このGT Rは、その空気をそのまま閉じ込めた存在だ。

過剰なまでのV8、サーキット直系の思想、刺激を均さない制御。

AMGグリーンヘルマグノというボディカラーも、この個体を象徴する要素のひとつだ。

マット塗装ならではの陰影が、GT Rの筋肉質なボディラインを強調し、面の起伏をはっきりと浮かび上がらせる。

この色はGT Rのカタログやプロモーションでも前面に使われた、いわば“顔”となるカラー。特別な演出ではなく、GT Rというモデルの性格を、そのまま視覚化したような色と言える。

メルセデスAMG・GT R(FR/7AT)過激さの最適解

走行距離は5,000km。コレクションとして成立する保存状態であることは間違いない。そのうえで、このGT Rという稀有な存在を、実際に走らせて楽しめる余白が残っている点は、なお魅力的だ。

GT Rは、単なるハイパフォーマンスカーではない。AMGというブランドが、最も過激だった時代の思想を、色濃く残す一台だ。

完成度ではなく、昂ぶりを。安心ではなく、緊張を。

GT Rは、そういう価値観を選んだ人間のためのクルマだ。

メルセデスAMG・GT R(FR/7AT)過激さの最適解
  • 河野浩之 Hiroyuki Kono

    18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。

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