アストンマーティンDBX(4WD/9AT)素顔が見たいなら

SUVという枠組みにありながら、アストンマーティンが持っている“スポーツカーの本能”を思わず感じてしまう瞬間がある。DBXは、そんな感覚にふと出会えるクルマだ。

SUVという枠組みにありながら、アストンマーティンが持っている“スポーツカーの本能”を思わず感じてしまう瞬間がある。DBXは、そんな感覚にふと出会えるクルマだ。

“スーパーカーSUV”の中で

SUVというジャンルが、マーケットの中で確固たる地位を築いて久しい。いまや一過性のブームではなく、多くのメーカーが主力車種としてSUVを投入し、その存在感は今も拡大している。

この時流に歩調を合わせるかのように、スーパーカーメーカーたちもSUV市場に参入。ランボルギーニ・ウルス、フェラーリ・プロサングエ、ポルシェ・カイエン──どれもがスーパーカーらしい走行性能と、ラグジュアリー性を高次元で両立している。

アストンマーティンも例外ではない。現行のDBX 707やSというハイパフォーマンスモデルは、上記のクルマたちと比べても遜色ない走行性能と完成度を備えている。

だが、今回試乗した2023年式のDBXは、そうしたスーパーカーSUVたちとは明らかに異なる手触りを持っていた。

アストンマーティンDBX(4WD/9AT)素顔が見たいなら

息づくスポーツカーらしさ

DBXは、アストンマーティンが2020年にSUV市場へと踏み出した際に登場した、いわゆるベースグレードのモデルだ。707やSといった後発の上位グレードと比べると、初期モデル特有の整いすぎていない部分が残っている。

それは、むしろ今では味わえなくなった感触だ。年式を重ね、上位グレードが登場するにつれて、DBXの乗り味はよりマイルドに、より洗練されたものへと進化していった。

だが、この初期モデルには、まだ荒さがある。ステアリングの反応や加減速の挙動、操作系の音や感触──そのひとつひとつに、アナログ的で素のままの反応が息づいている。

結果的にこの荒削りさが、逆に「スポーツカーらしさ」を滲ませている。その無骨さが、今の完成されたスーパーカーSUVたちにはない“らしさ”として浮かび上がってくる。

アストンマーティンDBX(4WD/9AT)素顔が見たいなら

素顔が覗く瞬間

スポーツカーという言葉には、単に「速いクルマ」というだけではない、明確な思想がある。走るために必要なものだけを残し、無駄を削ぎ落とす。快適性や静粛性よりも、応答性や重量バランス、加減速の反応を優先する。ある意味、ラグジュアリーとは真逆の方向にある実用主義だ。

このDBXに乗っていて感じたのは、そうした“スポーツカー的な気配”が、不意に顔を出す瞬間だった。それは緻密に計算された演出ではない。むしろ、ラグジュアリーSUVとしてはまだ洗練されきっていなかったがゆえに、アストンマーティンが本来持っている設計思想──スポーツカーとしての“素顔”が、思いがけずにじみ出てしまっているように感じられた。

それらは本来、ラグジュアリーブランドが意図的に“排除すべきもの”かもしれない。だがDBXでは、そうした部分がむしろこのクルマの個性となり、完璧に仕立てられたスーパーSUVたちにはない“生っぽさ”を伝えてくる。

それが偶然なのか、必然なのかはわからないけれど、その整いすぎていないことが、DBXをいちばん“スポーツカーらしく”していた──そう思わずにはいられなかった。

アストンマーティンDBX(4WD/9AT)素顔が見たいなら

整いすぎていないということ

見た目も、音も、操作感も──すべてが整いすぎていない。それがこの個体の印象だった。

たとえば、ボディカラーの「エイペックスグレイ」。白にもグレーにも属さない曖昧な色合いで、ほんのりとした温度感を帯びている。街の風景に溶け込みながらも、ふとした瞬間にハッとさせられるような存在感。派手でも華美でもないのに、見る者の記憶には確かに爪痕を残す。

そんな色をまとう姿は、まさにDBXというクルマそのものだった。スポーツカーとしての本能を内に宿しながら、SUVというラグジュアリーな皮を被っている──その二面性が、この曖昧な色と馴染んでいた。

内側に目を移すと、その印象はさらに強くなる。静かなキャビンの中に響くウィンカーの音や、警告音。それらが驚くほど素朴で、ちょっと拍子抜けするくらいかわいらしい。

だが、そのギャップにこそ、どこか心をつかまれる。他の高級SUVではきっちりと演出されているような細部が、このDBXでは少し抜けていて、妙に人間くさい。

完成度の高さとは別の軸で、リアリティを与えてくれる。そう、すべてが整いすぎていないからこそ感じる、「このクルマだけの体温」が、確かにそこにある。

アストンマーティンDBX(4WD/9AT)素顔が見たいなら

偶然かもしれないけれど

現行のDBXは、他のスーパーカーメーカーのSUVと比べても遜色ない仕上がりだ。力強く、速く、上質。完成度は申し分ない。だが、その完成度の高さゆえに、スポーツカーメーカーとしてアストンマーティンが本来持っている個性が、やや薄れて感じられる瞬間がある。

その点で、DBXはまったく違う手触りを持っている。それは未完成だからではなく、あえて残されたものでもない。たまたま洗練されきれなかっただけ──だが、それこそが、アストンマーティン本来の素の輪郭=スポーツカーとしての本能をにじませている。

その感触は、上位グレードや他のスーパーカーメーカーのSUVでも得られない、このDBXだけの体験だ。

SUVという器に収まりながら、思いがけず残っていた素のアストンマーティン。またそれを感じたくて、走る理由を探してしまう。

アストンマーティンDBX(4WD/9AT)素顔が見たいなら

SPEC

アストンマーティンDBX

年式
2023年
全長
5039mm
全幅
1998mm
全高
1680mm
ホイールベース
3060mm
車重
2245kg
パワートレイン
4リッターV型8気筒ツインターボ
トランスミッション
9速AT
エンジン最高出力
550ps/6500rpm
エンジン最大トルク
700Nm/2200–5000rpm
サスペンション(前)
ダブルウィッシュボーン
サスペンション(後)
マルチリンク
  • 河野浩之 Hiroyuki Kono

    18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。

    著者の記事一覧へ

メーカー
価格
店舗
並べ替え