重厚さと軽やかさ、伝統と洗練。そのどちらかを主張しすぎることなく、静かに両立させた一台。乗るたびに、このクルマの“ちょうどよさ”がじわりと効いてくる。
INDEX
重いのに、軽やか
フルサイズレンジローバーに触れた経験があれば、誰しもあの堂々たる存在感と引き換えに、ある種の「重量感」を覚えるだろう。それはレンジローバースポーツに対しても同じだった。しかし、実際にハンドルを握って数分も経たないうちに、その先入観は消え去った。
最初のコーナーを曲がるだけでわかる。動きは思いのほか軽やかで、サイズの大きさを意識させない、素直で自然な身のこなし。急なステアリング操作にも足まわりがしなやかに応え、コーナーでは安定感がある。
その一方で、フルサイズにはない“踏ん張り”の良さも際立つ。急な入力にも慌てず、衝撃を柔らかく吸収して、次の動きへと無理なくつなげてくれる。大きな車体に横風を受けたときも、揺さぶられるような不安定さはなく、ステアリングに余計な修正を強いられることもない。
「スポーツ」の名を冠する意味が、確かにあった。
上質な空間に身を委ねて
レンジローバーというブランドは、ランドローバーという最も古いSUVメーカーの頂点に立つ存在だ。オフローダーとしての伝統と、英国的なクラフトマンシップ。その両方を背負ったメーカーが手がける“スポーツ”というカテゴリは、単なる走りの味付けではない。
今回試乗したレンジローバースポーツHSEにも、その哲学はしっかりと宿っていた。走りにおいては、力強さとしなやかさを兼ね備え、装備や素材の選び方にも一切の妥協がない。どこをとっても「本気で作られたSUV」であり、単なる派生グレードではないことが伝わってくる。
高めの着座位置、しっとりとしたオックスフォードレザーの感触、内外装の上品な色合わせ。ひとたび乗り込めば、“心が落ち着く”という感覚が静かに広がっていく。
週末の遠出はもちろん、日常のちょっとした移動さえも、このクルマなら“丁寧な時間”に変わる。上質さは、特別な日だけのものではない。
過不足なき佇まい
全長は5メートルをわずかに下回る。その絶妙なサイズ感が、都市部での取り回しにおいて大きな利点となる。フルサイズと比較すれば明らかに扱いやすく、それでいて、レンジローバーらしい風格は損なわれていない。
足元に装着される21インチホイールは、レンジローバー伝統の電子制御エアサスペンションと組み合わさり、引き締まった乗り味と、高速域での安定感をもたらしている。レンジローバーは1990年代初頭に、世界で初めて本格的な電子制御式エアサスを採用し、その技術を絶えず磨き続けてきた。見た目の力強さに加え、しなやかさと安定感、その両方をさりげなく叶えてくれる組み合わせだ。
そして、独特の輝きを放つランタウブロンズのボディカラーが、都会でも郊外でも静かな存在感を放つ。ブラックアウト仕様が主流になりつつある今、このHSEはプレーンな佇まいを貫いている。それがむしろ、大人の余裕と、本物だけが持つ気品を引き立てている。
室内では、落ち着きのあるインテリアに、MERIDIANサウンドがそっと寄り添う。派手さも、わかりやすい威圧感もない。ただ自然体で、静かに違いを示す。
最終後期型という旨み
今回の試乗車は、2022年式。現行型に切り替わる直前の、いわゆる“最終後期型”だ。この一台に長いモデルライフの中で煮詰められ、磨き上げられたすべてが詰まっていることを感じとれた。
インフォテインメントやインテリアは洗練され、2画面タッチパネルによる操作系は直感的で、物理ボタンは整理され、煩雑さが消えた。内装のレザーは、前期型では若干見られた品質のばらつきがなくなり、全体に統一感がもたらされた。
走行性能においても、進化が感じられる。電子制御エアサスペンションのセッティングはさらに洗練され、悪路でも安定した走行性能を発揮。パワーステアリングもよりスムーズで、操舵感が自然になり、高速走行時でも優れた安定性を実現している。
このモデルになってから9年間、積み重ねられてきた改良と調整の集大成とも言える最終後期型。それが、目に見えない安心感として表れ、煮詰められた良いところが乗り味としてしっかりと感じられる。この最終後期型は、まさに“安心して選べる完成形”だ。
乗り手の美意識に寄り添う
マセラティ・レヴァンテ、メルセデス・ベンツGLE、BMW X5──このクラスのディーゼルSUVは選択肢が豊富だ。だが、レンジローバースポーツHSEは、その中でも独自のポジションを確立している。
GLEよりも運動性能が高く、X5ほどガチガチではない。レヴァンテほど官能的な演出はないものの、落ち着きと風格においては一枚上手だ。
それらの間にある絶妙なバランス。このレンジローバースポーツHSEは、あらゆる面で“ちょうどいい”を極めたクルマなのかもしれない。
そして、この個体は、その“ちょうどよさ”をさらに際立たせている。ランタウブロンズの柔らかな輝きと、飾り気を抑えた静かな佇まい。走行距離約3万kmという実用的なコンディション。新車に近い状態を保ちながら、価格面では現実的なラインに収まっている。
大きすぎず、小さすぎず。派手すぎず、退屈でもない。静かに、自らの美意識を示す──そんな一台だ。
SPEC
レンジローバースポーツHSE
- 年式
- 2022年
- 全長
- 4855mm
- 全幅
- 1985mm
- 全高
- 1800mm
- ホイールベース
- 2923mm
- トレッド(前)
- 1685mm
- トレッド(後)
- 1680mm
- 車重
- 約2300kg
- パワートレイン
- 3.0リッター直列4気筒ターボディーゼル
- エンジン最高出力
- 300ps / 4000rpm
- エンジン最大トルク
- 650Nm / 1500–2500rpm
- サスペンション(前)
- ダブルウィッシュボーン
- サスペンション(後)
- マルチリンク
浦井正人 Masato Urai
自動車販売の最前線に身を置き続けて約20年。触れてきた車も、向き合ってきたお客様も、数えきれないほど。そうした経験の積み重ねが、自分の中に車を見るまなざしを育て、向き合い方を豊かなものにしてくれた。ジャーナリストでも評論家でもない、ユーザーにもっとも近い立場だからこそ語れること。車とユーザーの両方に寄り添い続けてきた者として、そして一人の車好きとして、言葉にして届けたい。