誰にでもわかるクルマの性能──スピード。レクサス IS Fは、“速いこと”の純粋な喜びを思い出させてくれる。
シンプルに速い
私はかねてから「スペックや価格に捉われない面白い車が好き」と公言しており、著者プロフィールにもそう書いている。実際、これまで車を選ぶときに速さや性能を基準にしたことは一度もないし、今後もそうだろう。
しかしながら、そんなスタンスの自分でも、やはり速いクルマに乗ったときはどうしようもなく楽しいと感じてしまう。
それはブランドや趣味嗜好とは無関係に、クルマという乗り物が本質的に持つ快楽だ。このレクサス IS Fは、そんな、スピードが持つ原始的な喜びを呼び覚ます。
まずは、Dレンジのまま街を流す。スポーツモードにしていても8速ATは素早くギアを上げ、エンジン回転を抑えながら静かに加速していく。
けれど、足まわりの硬さとFRらしいフロントの軽さが、常にどこかスポーツカーの緊張感を漂わせる。
信号が変わり、長いストレートに出たところでマニュアルモードに切り替え、パドルを叩いてキックダウン。
踏み込んだ瞬間、5リッターV8のトルクが一気に背中を押しつける。
体を包む厚手のレザーシートが、しなやかにそれを受け止めた。思わず口をついて出るのは、単純な感嘆──「めっちゃ速い」。
ストレートで味わう官能
3速で引っ張っていくと、4000rpm付近を境に音のトーンが変わる。
それまで控えめだったサウンドが、急に鋭く甲高くなる。まるで見えないバルブが開いたように、車の中の空気が一段階澄みわたる。
これは、IS FのV8エンジンに備わるデュアルエアインテークシステムが切り替わる瞬間だ。
低回転では長い吸気経路を使い、トルクを重視。そして約3600rpmを超えると短い経路に切り替わり、吸気効率を高めて高回転域の伸びを引き出す。
その変化の瞬間があまりに気持ちよくて、つい何度も試してしまう。
テクニックもワインディングも必要ない。
まっすぐな道で3速、4速のまま回転を上げ下げするだけで、この車の官能を十分に味わえる。
ライバルにはないスマートさ
エンジンはヤマハと共同開発された5リッターV8自然吸気。
電子制御スロットルや可変バルブタイミングを駆使しながら、423ps/505Nmという力を、あくまでリニアに叩き出す。
環境規制の進んだ現代ではまず見られない、大排気量・高回転型NAエンジン。「速いクルマを作りたければデカいエンジンを積めばいいんだよ!」という、単純明快な理屈が男心をくすぐる。
思い浮かぶライバルは、メルセデス・ベンツ C63 AMG(W204型)や BMW M3(E92型)。いずれも同時期に登場した自然吸気V8のFRスポーツセダンだ。
だがIS Fは、C63ほど過激ではなく、M3ほどストイックでもない。音もC63の爆音のような威圧感はなく、むしろ一音一音が丁寧に研がれた、上質なメカニカルサウンド。
そのおかげで街中でも扱いやすく、住宅街でも白い目で見られない。それでいて、アクセルを深く踏み込めば確実に血が騒ぐ。
コンパクトな車体は取り回しもしやすく、ファミリーカーとしても十分に成り立つ。“クルマ好きのための道具”でありながら、日常に溶け込む自然さがあるのだ。
車に詳しくない人から見れば、普通のISとの違いはほとんどわからないだろう。
だが、そこがいい。
一見スマートなスーツ姿の男が、実は鍛え抜かれた肉体を隠しているようなギャップ。本気を出せば、いまの時代のスポーツカーにも引けを取らない加速を見せる。
それこそが、IS Fという車の“大人の余裕”だと思う。
羊の皮を被った狼
冒頭にも書いたとおり、私は車を選ぶときに性能やスピードを基準にはしない。けれど、このIS Fの“羊の皮を被った狼”のようなキャラクターは、強く惹かれるものがある。
表の顔は穏やかで理知的。だがひとたびアクセルを深く踏めば、空気が変わる。この変貌ぶりこそ、IS Fという車の本質だと思う。
この車は、そんな「できる男」にこそ似合う。
普段は家族思いの夫・父であり、職場では冷静沈着なリーダー。けれど、ひとたび本気を出せば、猛烈な推進力で突き進む情熱を秘める。ハンドルを握りながら、そんな男の姿を思い浮かべてしまう。
この個体はワンオーナーで、走行わずか1万6000km。15年以上の歳月を重ねても、細部にはいまだ緊張感のような張りが宿っている。信頼性の高いトヨタ/レクサスの設計ゆえ、そのエンジンもボディもいまなお健康体。
レクサスが“F”という文字に込めた狂気と理性のせめぎ合いを、存分に感じることができる。
このクルマの牙は、まだまだ尖っている。
SPEC
レクサス・IS F
- 年式
- 2009年式
- 全長
- 4,660mm
- 全幅
- 1,810mm
- 全高
- 1,410mm
- ホイールベース
- 2,730mm
- 車重
- 約1,690kg
- パワートレイン
- 5.0リッター V型8気筒
- トランスミッション
- 8速AT
- エンジン最高出力
- 423ps/6,600rpm
- エンジン最大トルク
- 505Nm/5,200rpm

中園昌志 Masashi Nakazono
スペックや値段で優劣を決めるのではなく、ただ自分が面白いと思える車が好きで、日産エスカルゴから始まり、自分なりの愛車遍歴を重ねてきた。振り返ると、それぞれの車が、そのときの出来事や気持ちと結びついて記憶に残っている。新聞記者として文章と格闘し、ウェブ制作の現場でブランディングやマーケティングに向き合ってきた日々。そうした視点を活かしながら、ステータスや肩書きにとらわれず車を楽しむ仲間が増えていくきっかけを作りたい。そして、個性的な車たちとの出会いを、自分自身も楽しんでいきたい。




























