真っ赤なボディに跳ね馬のバッジ。この小さなクルマに宿るのは、アバルトとフェラーリの情熱が交差した昂揚感だ。
日常の市街地を
ロッソコルサのボディが眩しく輝く。
ドアの付け根に誇らしげに掲げられた跳ね馬のエンブレムが、ただのアバルトではないことを告げてくる。
ホールド感が強い硬めのシートに身を沈め、スターターボタンを押すと、レコードモンツァが乾いた声で応えた。
カーボンが張り巡らされた室内は、小さなキャビンでありながらもレーシングカーのコクピットを思わせ、空気が一気に緊張する。1.4リッターターボの鼓動は、数字以上に胸をざわつかせ、走り出す前から高揚感が溢れてくる。
アクセルを踏み込み、市街地へと漕ぎ出す。
シングルクラッチが繋がる一拍の間合いと、背中を押す加速。そこで響き渡る甲高い排気音が、街並みを一瞬で非日常に変える。
この車に搭載されたシングルクラッチATは、最新の多段ATのような滑らかさは持たない。アクセルを踏みっぱなしにしていれば、変速のたびに身体が前後に揺さぶられる。
アクセルを抜き差ししながら自分のリズムを重ねていき、変速がカチリと決まったときの車との一体感。滑らかさを「与えられる」のではなく、自ら作り出す──その感覚が楽しさへと変わっていく。
操る楽しさに加えて、真っ赤なボディとフェラーリのバッジ、そしてレコードモンツァが奏でるエグゾーストノート。
そのすべてが重なり合い、気分はいつしかモナコグランプリ。世界で最も華やかな市街地コースを走るF1マシンと、自分の姿が重なっていく。
バッジだけでなく
このクルマの魅力は「フェラーリ」の名を冠していることに尽きる。
だが、それは単なるバッジ遊びではなく、後付けのエンブレムやステッカーチューンとはまったく違う。
695トリブート・フェラーリは、フェラーリとアバルトが公式にタッグを組み、限定生産された正統な存在だ。ここには、メーカーがオフィシャルで認めたという揺るぎない事実がある。
デザイン面では、同世代の430スクーデリアを強く意識している。
ボンネットからリアエンドまで貫くストライプは、スクーデリアの象徴をそのまま写し取り、ロッソコルサのボディにレーシングの緊張感を宿す。
さらに足元には専用ホイールが備わり、その造形もまたスクーデリアへのオマージュだ。
オフィシャルなコラボレーションだからこそ、細部の仕立てに破綻がなく、ただの模倣の域を超えた完成度で全体がまとめられている。
アバルトとフェラーリは、一見すれば対照的な存在だ。
フェラーリは大排気量のV8やV12で力を誇示し、王道の速さを築いてきた。対するアバルトは、小さな排気量を武器に知恵と工夫で限界を超え、挑戦を続けてきた。
歩んできた道はまるで違うように見える。だがその根底には、ひとつの共通点がある。──レースで戦うということだ。
695トリブート・フェラーリは、カテゴリーこそ異なれど、レースにかける情熱を同じくする二つのブランドが手を組むことで生まれた特別な一台だ。
小さなボディに凝縮された
レコードモンツァのサウンドが高回転で切り替わる瞬間、乾いた咆哮は小さなボディを大きく見せる。
数字で測ればアバルトの1.4ターボだが、バッジと音が織りなす体験は紛れもなくフェラーリ的だ。「バッジひとつで十分フェラーリを感じさせる」──その逆説的な真実を、乗るたびに実感することになる。
内外装を見渡すと、カーボンパーツが惜しげもなく使われていることに気づく。ボディのディテールはもちろん、Sabelt製のシート裏までカーボンが覗く仕立てだ。単なる軽量化のためではなく、レースを意識した素材の存在感がキャビン全体に漂う。
小さなハッチバックに過ぎないはずの一台に、ここまで徹底した素材とディテールを込めたことこそ、このモデルの特別さであり、フェラーリの名を冠する資格だろう。
695トリブート・フェラーリは、コンパクトなボディにモータースポーツの昂ぶりを凝縮した存在だ。
レコードモンツァのサウンドと、パドルシフトを駆使するシングルクラッチの走りが、日常の街路をモナコグランプリの市街地コースへと変えてしまう。
コレクションとしての価値はもちろん、走らせた瞬間に心をレースへと連れ出してくれる。
日常を生きながら、いつでもモナコグランプリを味わえる──その昂揚を、この一台は約束してくれる。
SPEC
アバルト・695 トリブート・フェラーリ
- 年式
- 2011年式
- 全長
- 約3650mm
- 全幅
- 約1625mm
- 全高
- 約1505mm
- ホイールベース
- 2300mm
- 車重
- 約1070kg
- パワートレイン
- 1.4リッター 直列4気筒ターボ
- トランスミッション
- 5速MTA
- エンジン最高出力
- 180ps/5500rpm
- エンジン最大トルク
- 250Nm/3000rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。