官能的なブッソV6と、独自のQシステム。アルファ156は、ただのセダンに収まらない熱を秘めていた。あの頃のアルファロメオをいまも鮮やかに蘇らせる。
V6が呼び覚ます記憶
キーを捻ると、静かなガレージに金属的な震えが広がった。
ざらついた低音が胸の奥を揺らし、軽くアクセルを踏み込むと、一気に張りのある響きへと変わっていく。回転が上がるごとに音色は澄み、やがて鋭く艶やかな咆哮となって耳に届く。
懐かしさと同時に、想像以上の高揚感を与えてくれる──そうだ、これが名機「ブッソV6」の声だ。
だがこのエンジンは、「V6のフェラーリ」と比喩されたそのサウンドだけでは終わらない。
ボンネットを開ければ、6本のクロームパイプが美しく弧を描き、その上には赤文字で「V6 24V」と刻まれたプレナムチャンバー。
機械であることを忘れさせる造形美が、音と視覚の両方で圧倒してくる。そして、この造形美の奥には、イタリアらしい美意識が息づいている。
機能部品にすら魂を与え、ただ効率を求めるのではなく、誇らしげに「見せる」ことを前提に仕立てる感性。
そのすべてが、あの時代のアルファロメオを呼び覚ます。
Qシステムで味わう官能
その名機と組み合わされたのが「Qシステム」だ。4速トルコンATをベースに、ゲート式シフトでマニュアル的に操作できる機構。
アルファロメオはここにスポーツドライビングに寄せたチューニングを施し、単なる“マニュアル操作付きAT”ではなく、「アルファのスポーツセダンでどうあるべきか」という思想を込めた。
この仕組みを駆使し、意図的に引っ張って回転数を上げると、ブッソV6は途端に本性を現す。
5000回転を超えてからの伸びやかさとサウンドの高まりは、オートマまかせでは決して得られない体験だ。
性能を思う存分引き出す快感と、自ら変速を操る手応え。その両方が、このQシステムによって可能になっている。
一方で、普通のオートマとしても使えるので日常の扱いやすさも確保されている。渋滞の街中では普通のセダンのように振る舞い、郊外のワインディングに出れば手動シフトでイタリア車らしい“スポーティーカー”に変わる。
実用と官能を一度に味わえる、この時代ならではの回答がQシステムだった。
抑制と衝動のあいだで
2002年式のこの個体は、すでに20年以上が経過している。
走行わずか1.3万km、ワンオーナー、記録簿・整備明細も揃う奇跡的なコンディション。とはいえ、雑に扱う気には到底なれない。
むしろ「もうこんな156には二度と出会えないだろう」と思うと、自然と運転も慎重になる。
しかし同時に、このV6は乗り手を挑発する。
回したい、解き放ちたいという欲望を掻き立ててくるのだ。
労わりたい気持ちと、回したい衝動。その矛盾を抱えながらハンドルを握る時間さえも、このクルマが生む愉悦のひとつだ。
そして何より、年月を感じさせないコンディションの良さが、あの頃の、みんなが憧れたアルファロメオをいまも色濃く思い出させてくれる。
あの時代をもう一度
運転席に座れば、ドライバーへ角度を付けて組まれたパネルが目に入る。操作系のレイアウトひとつにしても「走れ」と背中を押されるようだ。
シフトロック解除の独特な動作は、自然と仕草をキザに見せる。そうした無駄ともいえる演出すら、イタリア車らしい伊達男の美意識が垣間見える。
コンパクトでタイトなボディは、余白を持たない詰まったかっこよさを漂わせる。ファンタジアブルーメタリックの外装とブラウンレザーの内装の組み合わせは洒脱で、サンルーフまで備えた仕様は、街に停めただけで雰囲気を纏う。
そして、走り終えたあとに残るのは、「やはりアルファロメオは楽しかった」という余韻だ。
日常的に多種多様な車に触れているはずなのに、この156は久々に心を強く揺さぶってきた。
あの頃、世界中でアルファロメオがもてはやされ、名車を次々と生み出していた時代。
この小さなセダンは、その熱をいまも胸の奥に呼び覚ましてくれる。
SPEC
- 全長
- 4,435mm
- 全幅
- 1,745mm
- 全高
- 1,415mm
- ホイールベース
- 2,595mm
- 車重
- 1,380kg
- パワートレイン
- 2.5リッターV型6気筒
- トランスミッション
- 4速AT
- エンジン最高出力
- 190ps/6,300 rpm
- エンジン最大トルク
- 224Nm/5,000 rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。