鮮やかな黄色いスパイダー。幌も内装も、機関もすべてが整ったこの一台は、ツインスパークの直4が持つ本質的な魅力をいま改めて教えてくれる。理屈じゃない。これがアルファだ。
INDEX
過去の評価からの解放
試乗を終えた今でも、あのツインスパークの音が耳に残っている。
ツインスパークならではの乾いた音色が、幌越しに空へ抜けていく。決して図太くはない。でも、しっかりと芯があって、雑味がなくて、どこか穏やかに昂ぶるような、そんな音だ。
2000年式アルファロメオ・スパイダー。この916スパイダーというモデルにおいて、より注目を集めていたのはV6搭載モデルだった。そのぶん、この2リッター直4は、どこか“地味”な存在と見なされてきた節がある。
けれど、今あらためてステアリングを握ってみると、そんな過去の評価が、いかに相対的なものでしかなかったかがよくわかる。
このツインスパークの吹け上がりとサウンド、それを受け止める軽快な車体のリズム。それは、まさに「アルファロメオにしかない高揚感」だった。
アルファロメオという文化
アルファロメオを愛する人は、少し独特だ。
一度惚れ込んだら、他のどんなクルマに浮気せず、アルファのみを何台も乗り継ぐ人もいれば、たった1台を乗り続ける人もいる。スペックや合理性ではなく、もっと感情に近い場所でクルマとつながっている──そんな人たちが多い印象がある。
今回のスパイダーも、きっとそういう人たちの手を渡ってきたのだろう。
そんなストーリーを思わず想像してしまうほど、状態が良い。機関も、電動ホロも、内外装も、年月を感じさせないほど、すべてが整っている。
アルファロメオという名前が持つイメージ──華やかさ、情熱、そしてどこか繊細な一面。それゆえに、時間とともに疲れが見えてしまう個体も少なくない。
だが、この個体にはそんな影がまったくない。走り出した瞬間から伝わる軽やかさと、細部に宿る丁寧な手入れの跡。
すべてが、これまでのオーナーの想いを物語っていた。
これほどまでに調子が良く、美しく保たれたアルファロメオに出会う機会は、そう多くない。
それを「受け継ぐ」ということには、たんにクルマを買うという以上の意味がある。アルファロメオという文化を、自分の人生に迎え入れるということなのだ。
V6の影に隠れていた時代から
かつてこのスパイダーには、もうひとつの主役がいた。
それが、3.0リッターのV6モデル。まるでコンパクトなフェラーリのよう──そんな比喩すら飛び出すほど、あのブッソV6は官能的だった。
そのあまりの魅力に、ツインスパークを搭載した直4モデルはどうしても“地味な存在”と見なされがちだった。
もちろん、悪いわけではない。むしろ軽快なハンドリングや軽さを活かした走りは、このモデルならではの美点だった。
けれど当時は、どうしても「V6じゃないと」という声が目立っていたのも事実だ。実際、あの頃、街角でよく見かけたツインスパークの音は、どこか軽くて印象が薄かった記憶がある。
それが今ではどうだろう。時を経た今、あの頃の“フェラーリのようなV6”という肩書きも、遠い記憶になった。
スペックや評判に惑わされることなく、ただ目の前のクルマと向き合える今だからこそ、この2.0リッター直4の素直な音や、軽やかな吹け上がりが、純粋に魅力的だと感じられる。
このスパイダーの魅力は、数値では測れない。
そしてそれは、V6であっても、ツインスパークであっても、変わらないのだ。
定番を外した遊び心
アルファロメオといえば赤──そんな固定観念を軽やかに裏切ってくれるのが、この個体のカラーだ。
「ゾウ・イエロー・メタリック」と名付けられたその色は、イタリアのオープンスポーツカーらしい陽気さと遊び心にあふれている。スパイダーの小さなボディと相まって、軽やかな印象を与えてくれる。
そして、そのボディに組み合わされるネイビーの幌。定番のブラックではなく、あえての青幌。そこに、控えめながら個性を貫く美学がある。
ブラックのレザーシートが備わるこの個体は、当時オプション装備だったインテリアパッケージが選ばれていた可能性が高い。細部の素材感や使用感からも、丁寧に扱われてきたことが伝わってくる。
ドライバーズシートに座ると、ステアリング、シフトノブ、各スイッチの並びが、手に吸い付くような位置にあることに気づく。
それは単なる「設計」ではなく、走りそのものに没入させるための意図された配置だ。
感性を重んじるイタリア車らしく、この小さな空間にも、ドライバーを高揚させるための哲学が貫かれている。
理屈じゃない──それがアルファ
現代のどこまでも制御されたエンジン音と違って、このツインスパークのサウンドは、機械が本能で奏でるような音に近い。鳴るべきところで鳴っていて、聴くたびに体の芯に届く。
この個体に乗って感じるのは、スペックの話でも、装備の充実度でもない。
もっと根源的な「好きかどうか」だ。
アルファロメオを愛する人たちは、きっとみんなその感覚を知っている。
それがうまく言語化できなくても、乗ればわかる。エンジンをかけ、1速に入れ、クラッチをつなぎ、ハンドルを切ったときに湧き上がる高揚感。
それは「アルファか、アルファ以外か」とさえ言われるほどに、独自の世界を持っている。
この黄色いスパイダーは、そんな世界観をまっすぐに体現していた。
そしてその魅力を、いまも変わらず伝えてくれる。
SPEC
アルファロメオ・スパイダー 2.0 ツインスパーク
- 年式
- 2000年式
- 全長
- 4290mm
- 全幅
- 1780mm
- 全高
- 1315mm
- ホイールベース
- 2540mm
- 車重
- 1320kg
- パワートレイン
- 2.0リッター 直列4気筒 DOHC ツインスパーク
- トランスミッション
- 5速MT
- エンジン最高出力
- 150ps/6200rpm
- エンジン最大トルク
- 181Nm/3500rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。