いまのAMGにはない荒々しさと、ただのSクラスでは足りない密度。贅沢も、快適も、速さも無駄だと言われるかもしれない。でも、いいじゃないか。男のロマンは自己満でいい。その全部が、このS63にはある。
オプションてんこ盛り
ショーファーパッケージ、AMGカーボンパッケージ、ダイナミックパッケージ。白革のインテリアにIWCアナログクロック、イリジウムシルバーのボディカラー。AMGらしい“全部乗せ”を、Sクラスという最上級の器で成立させた一台だ。
普通ならやりすぎと見られかねない仕様。だが、実際に目の前に立てば、その印象はまるで逆だ。豪華なのに、下品ではない。贅沢でありながら、決して目立とうとはしない。
AMGカーボンパッケージによって、スポイラーやサイドスカート、ミラーといった要所がカーボンで引き締められ、随所にスポーティーな意匠が織り込まれている。その造形に、イリジウムシルバーという控えめな色味が調和している。
派手すぎず、重すぎず、ただの高級車とも違う──そんな絶妙な存在感をまとっている。
室内は白革に包まれた明るく上質な空間だが、トリムにはカーボンが走っている。マッサージ付きリアシートは左右独立でフルリクライニング可能。フットレストやリアエンタメといった快適装備が揃い、後席の居住性は堂々たるもの。ショーファーパッケージによって、まさに移動するラウンジのような空間が広がっている。
そして何より、一つ前のモデルとはいえ、Sクラス、それもAMGの“てんこ盛り仕様”に乗っているという事実は、やはり格別だ。
数字や年式では測れない、この車ならではの特別感がある。
AMGらしさ
スタートボタンを押すと、5.5リッターのV8ツインターボが低く唸りを上げる。搭載されるのはM157型ユニット──AMGがダウンサイジングに踏み切った最初のエンジンだ。
自然吸気6.2リッターが消え、現行型では4.0リッター+ハイブリッドへと移行した中で、この5.5リッターはその中間に位置する。ターボ化によって得た最大900Nmという圧倒的なトルクが、わずか2000回転台から立ち上がる。
いまのAMGが電動化と洗練を突き詰める一方で、このエンジンにはまだ、いかにもAMGらしい野生味が残っている。
加速は重さをまったく感じさせない。いや、それどころか「もっと軽い車なんじゃないか」と錯覚するほどだ。ステアリングを切れば車体はシャープに反応し、アクセルを踏み込めば、驚くほどリニアに力が湧いてくる。
その裏で効いているのが、ダイナミックパッケージの存在だ。サスペンション制御やロール抑制、レスポンスがチューニングされており、巨体であることを忘れさせるほどの俊敏さを生んでいる。
しかもこのS63は、4MATIC。後輪駆動のS65と違い、AWDによって力を無駄なく路面に伝えられる。グレードとしてはS65のほうが上位に位置づけられるが、AMGらしい“走り”の濃さを追求したのは、むしろS63のほうだろう。
V8らしい咆哮とトルクの立ち上がり、そして4MATICによる破綻のない加速。分厚いラグジュアリーの皮をかぶりながら、その本質は今にも牙を剥きかねない野獣のように、静かに凶暴性を秘めている。
そんな緊張感と余裕が同居するバランスこそが、このS63の持ち味だ。
走らせても、乗せても
メルセデスのヒエラルキーをたどれば、S65やマイバッハS600、さらにはS650といった上位モデルが存在する。価格もパワーも、S63を上回る。だが、それでもあえてこの車にこだわりたくなる理由がある。
V12を積んだS65は、たしかに滑らかで威厳がある。けれど、その走りはあまりにも穏やかで、ドライバーズカーとしての高揚感は薄い。マイバッハにいたっては、そもそも運転する車ではない。
その点、この個体は違う。走りも、見た目も、音も、しっかりとAMGの顔を持っている。しかも後席はショーファー仕様。乗る人にとっても、乗せる人にとっても、どちらにとっても最上級になれる。
ドライバーズカーとしての俊敏さと、ショーファーカーとしての快適性。AMGらしい鋭さと、Sクラスとしての矜持。そのどちらにも一切妥協せずに仕上げられたのが、このS63だ。
そして、そうした全部乗せの一台でありながら、この個体には過剰な押しつけがない。イリジウムシルバーという控えめなボディカラーと、白革という清潔感のある内装。そして要所に配されたカーボンが、ほどよい緊張感を与えている。
これだけ盛り込んでおきながら、ダサくない。むしろ、今の時代にこそちょうどいいバランスだ。
しかもいま、この全部乗せのS63が、手の届くところにある。かつて3000万円級だったこの車が、しっかり整備されたうえで、中古車として現実的な価格帯に降りてきた。
「メルセデスファミリーの中で一番いいやつに乗ってる」という気持ちよさを味わえるのも、大きな魅力だ。
無駄なものにこそ
男のロマンは、往々にして無駄が多い。
AMGのエンブレム。白革のリアシート。カーボンのスポイラー。IWCのアナログ時計。
そんなの、なくても走るし、なくても生きていける。けれど──あったら、やっぱり気分が上がる。
Sクラスという最高の器に、AMGらしい走りと装備のすべてを詰め込んだこのS63は、まさにロマン全部乗せ。
だが不思議と、やりすぎた感じがしない。むしろ、よくぞここまで整えてくれたと、感謝すらしたくなる完成度だ。
走りたいときに走れ、見せたいときに見せられ、乗せたい人に乗せられる。
そんな万能な、男の自己満足が、この一台には詰まっている。
SPEC
メルセデスAMG・S63
- 年式
- 2014年式
- 全長
- 5280mm
- 全幅
- 1910mm
- 全高
- 1495mm
- ホイールベース
- 3165mm
- 車重
- 2110kg
- パワートレイン
- 5.5リッター V型8気筒ツインターボ
- トランスミッション
- 7速AT
- エンジン最高出力
- 585ps/ 5500rpm
- エンジン最大トルク
- 900Nm / 2250–3750rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。