フィアット・600ハイブリッド(FF/6AT)かわいさは、スペックを超える

理屈やスペックよりも先に、感情が動く瞬間がある。フィアット600ハイブリッドは、そんな素直なときめきを思い出させてくれる一台だ。走りも佇まいも過不足なく、ただ自分の時間を心地よくしてくれる存在。

理屈やスペックよりも先に、感情が動く瞬間がある。フィアット600ハイブリッドは、そんな素直なときめきを思い出させてくれる一台だ。走りも佇まいも過不足なく、ただ自分の時間を心地よくしてくれる存在。

理屈を追い越す感情

同じ車種、同じ色のクルマとすれ違った瞬間だった。

それは珍しさでも、新しさでもない。衝撃的なまでに「かわいい」と思えたという、もっと単純で抗いがたい感情だった。

フィアット・600ハイブリッド(FF/6AT)かわいさは、スペックを超える

クルマに対して「かわいい」という言葉を使うことには、少し照れがある。けれど、あの瞬間の感覚は評価や分析ではなく、ただ身体が先に反応した――そう表現するほうが正しい。

この600は、そんなふうに理屈を追い越してくるクルマだ。

実際に試乗してみると、その印象はさらに輪郭を持ちはじめる。

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かわいいは正義

先代の500Xと比べると、このクルマはずいぶんと煮詰まった存在に感じられる。

500Xは、どこかボディに緩さがあり、その上に硬い脚が載っているような印象があった。足まわりが本来の動きをしきれていない、ちぐはぐさが残っていた。

600は違う。

ボディと足まわりが、きちんと会話している。無理にスポーティさを装うこともなければ、快適さだけに振り切るわけでもない。

「これで十分」ではなく、「これがちょうどいい」と思わせる。

フィアット・600ハイブリッド(FF/6AT)かわいさは、スペックを超える

このクルマに乗っている時間は、不思議と満たされる。それは性能が突出しているからでも、価格に対して合理的だからでもない。

たとえ隣に高級車や明確なステータスを背負ったモデルが並んでいたとしても、引け目を感じない。

600が持つ「かわいさ」や佇まいが、それだけで価値として成立しているからだ。

フィアット・600ハイブリッド(FF/6AT)かわいさは、スペックを超える

いい時間

誰かに誇るためではなく、自分の時間をきちんと楽しむためのクルマ。

そういう存在がそばにあると、日常の輪郭は少しだけやわらぐ。

クルマの楽しさは、正解を選ぶことではない。人それぞれに、ふと心に残る一台との出会いがある。

フィアット・600ハイブリッド(FF/6AT)かわいさは、スペックを超える

それが高価でなくても、速くなくてもいい。

ただ「いい時間だった」と思えれば、それで十分だ。

そんな出会いがまだ残っているから、クルマ好きはやめられない。

フィアット・600ハイブリッド(FF/6AT)かわいさは、スペックを超える
  • 河野浩之 Hiroyuki Kono

    18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。

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