トミーカイラ・ZZ(FR/5MT)和製ライトウェイトの奥行き

ライトウェイトスポーツというジャンルがある。軽さを武器に、スピードの数値ではなく、走るという行為そのものの密度を味わわせてくれるクルマたちだ。トミーカイラ・ZZは、その文脈にありながら、どこか日本的な静けさをまとっている。いわば、和製スーパーセブン。だがそれは単なる模倣ではない。軽さという思想を、日本の解釈で咀嚼し直した存在だ。

ライトウェイトスポーツというジャンルがある。軽さを武器に、スピードの数値ではなく、走るという行為そのものの密度を味わわせてくれるクルマたちだ。トミーカイラ・ZZは、その文脈にありながら、どこか日本的な静けさをまとっている。いわば、和製スーパーセブン。だがそれは単なる模倣ではない。軽さという思想を、日本の解釈で咀嚼し直した存在だ。

刺激的というよりも

短い試乗時間で、このクルマのすべてを語ることはできない。

それでも、シートに身を収め、ステアリングを握った瞬間に伝わるものがある。

このクルマは、乗れば乗るほど奥行きが見えてくるタイプだ。

ハンドル操作に対する反応は素直で、ペダルとの距離感も近い。クルマが何をしているのかが、余計な演出を挟まず、そのまま伝わってくる。

トミーカイラ・ZZ(FR/5MT)和製ライトウェイトの奥行き

情報量は多いが、過敏ではない。

刺激的というより、誠実。

強いパンチで印象を残すのではなく、じわりと関係性を築いていく感触がある。

だからこそ、一度の試乗よりも、愛車として時間を重ねることで本当の魅力が立ち上がってくるのだろう。

トミーカイラ・ZZ(FR/5MT)和製ライトウェイトの奥行き

京都生まれという気質

ライトウェイトスポーツの魅力は、速さを誇示することではない。走る歓びを、どれだけ深く味わえるかにある。

ZZは、その歓びを消費させない。

走行距離22,000km、ワンオーナーという個体の履歴も、その性格を物語っている。乱暴に扱われる対象ではなく、時間をかけて向き合われてきた一台だ。

トミーカイラ・ZZ(FR/5MT)和製ライトウェイトの奥行き

回数を重ねるほど、ドライバーとの関係性が静かに深まっていく。

最新の電子制御も、過剰な快適装備もない。だがその分、運転という行為そのものが濃く、確かな時間として残る。

トミーカイラ・ZZ(FR/5MT)和製ライトウェイトの奥行き

そしてもうひとつ、このクルマを語るうえで外せない背景がある。

トミーカイラは京都生まれのブランドだ。

効率や派手さを前面に出すのではなく、積み重ねや感覚を大切にする気質。

どこか職人的で、簡単には語り尽くせない奥行きを持っている。

一見すると控えめだが、向き合うほどに味わいが増していく。その佇まいは、京都という土地の空気にも重なる。

RESENSE CAVEが京都にあるという事実も、どこか象徴的に感じられる。

この街には、時間をかけて向き合う価値を知る文化がある。

トミーカイラ・ZZ(FR/5MT)和製ライトウェイトの奥行き

走る歓びの密度

トミーカイラ・ZZは、誰にでも分かりやすいクルマではない。

派手な数値やブランドの権威で語る存在ではないからだ。

だが、クルマと深く付き合いたい人にとって、これほど豊かな存在も多くはない。

乗り込むほどに愛着が増し、走るたびに新しい発見がある。

軽さが生む反応の速さ。無駄のない構造がもたらすダイレクトな手応え。

トミーカイラ・ZZ(FR/5MT)和製ライトウェイトの奥行き

そうした要素が、単なる刺激ではなく、経験として身体に蓄積されていく。

そんな関係性を築けるクルマが、今どれほど残っているだろうか。

ZZは、走る歓びの奥行きと、向き合う時間の価値を静かに思い出させてくれる一台だ。

トミーカイラ・ZZ(FR/5MT)和製ライトウェイトの奥行き
  • 河野浩之 Hiroyuki Kono

    18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。

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