「水平対向エンジン」「ターボ」「4WD」。その文字だけで、今でも心が躍る。走行9,000kmの希少な個体を前に、90年代の機能美とこだわりが、時代を超えてなお響く理由を確かめた。
INDEX
時代が追い越したものに
ブルーの塗装が日差しを受けて微かに輝く。ボディサイドを横切る「LEGACY」の大胆なストライプは、今見れば少々誇張された意匠に映るかもしれないが、90年代の勢いや誇りをそのまま写し取っている。機能では語れない時代の美学がそこにはある。
見た目は端正、しかし走れば峠道を猛然と駆け上がる。スバルがWRCでその名を轟かせていた1990年代後半、GT-Bはその市販版ワゴンとして絶大な人気を誇ったモデルだった。27年の時を経て今、ハンドルを握って思う。「これは、今でも戦えるクルマだ」と。
スバルがこの時代にレガシィへ注いだ情熱は、単なるスペック争いのそれではなかった。2.0リッターの自主規制を逆手に取り、スバルは水平対向エンジンとフルタイム4WDという独自のパッケージに磨きをかけた。MOMO製ステアリングやビルシュタイン製ダンパーまでを純正で揃えたGT-Bは、“頭のいい車オタクたち”をも唸らせる存在だった。
作り手のこだわりが聞こえる
アクセルを踏み込んだ瞬間、2リッター水平対向ターボの咆哮がボンネットの奥で唸る。自主規制いっぱいの280馬力を発揮しながらも、決して数字だけのクルマではない。加速には“実感”があり、その手応えはむしろ古典的ですらある。
この個体はAT車だったが、変速の節度と滑らかさが心地よい。最新の多段ATにはない、“一体感ある加速”が楽しめる。電子制御に頼らないフルタイム4WD、やや重めのステアリング——それらすべてが、ドライバーの身体感覚とリンクする。
そして何より、この滑らかで力強い走りの源が、今ではもちろん、当時ですら珍しかった水平対向エンジンであることに気づくと、なおさら感慨深い。量産車でこの構造を採用していたのは、当時からスバルと一部のポルシェくらいのものだった。重心の低さと回転フィールの滑らかさ。それは一度味わえば、忘れられない類のものだ。
走るし、積める
GT-Bの「B」は、ビルシュタイン(Bilstein)社製ダンパーの頭文字。この足まわりが、見かけ倒しではない実力を支えている。硬すぎず、柔らかすぎず。ワインディングでは足をしっかり使いながら姿勢を維持し、高速巡航では余裕ある直進安定性を示す。
MOMOステアリングを通して感じる路面の粒子感、タイヤがグリップを保ちながら追従する挙動。スポーツカーのように構えずとも、きっちりと“走る”ための基本が詰まっている。装備に、見せかけだけのものはない。
しかもこれはワゴン。リアシートを倒せば積載も十分、スノーボードやキャンプ道具、折りたたみ自転車まで、趣味の道具を無理なく積み込める。走りと実用性を高次元で両立させたGT-Bは、まさに“走りの道具”だ。そしてその道具が、未だ現代の道路事情にも違和感なく溶け込んでいることに驚かされる。
触れた瞬間に伝わる
ドアを開ければ、ブラック基調のコクピット。すべての操作系は物理スイッチで構成され、現代のデジタル装備とは一線を画す。走行距離9,000kmという保存状態もあって、内装の一つひとつから、当時の空気感が漂っている。
操作音やスイッチのクリック感には、1990年代スバルの質実剛健な思想が宿り、機械と対話する感触を今に伝えてくれる。
専用のレカロ調シート、シートベルトの巻き取り音、そしてオーディオデッキの懐かしいデザイン。すべてが過去の遺物であるはずなのに、今見ると妙に新しい。現代では見かけなくなった意匠だからこそ、かえって新鮮に映る。
サンルーフは装備されていなくとも、十分に広いガラスエリアと低いダッシュボードによって、室内には明るく開放的な印象があった。演出過多な快適装備がなくても、居心地のよさはつくれる。そのことを教えてくれる。
当時を知る人にも、若い人にも
最新の安全装備も、洗練された静粛性もない。それでも、乗れば分かる。なぜ、このクルマが今を生きているのか。
GT-Bは、過去に置いてきた走りの記憶を、まざまざと呼び起こしてくれる。ステアリング越しに伝わるザラついた感覚、路面と会話するようなサスペンション、そしてエンジンの咆哮。これらは数字では測れない、体験としての価値だ。
走行距離9,000km。丁寧に保たれてきたこの個体は、まさに“あの頃の記憶”を閉じ込めたタイムカプセルだ。
当時のこだわりを知る人にも、いま改めてそれを新鮮に感じる若い世代の感性にも響く。このGT-Bはそんな一台だ。
SPEC
レガシィツーリングワゴンGT-Bリミテッド
- 年式
- 1997年式
- 全長
- 4690mm
- 全幅
- 1695mm
- 全高
- 1490mm
- ホイールベース
- 2630mm
- 車重
- 1470kg
- パワートレイン
- 2リッター水平対向4気筒ターボ
- トランスミッション
- 5速AT
- エンジン最高出力
- 280ps/6500rpm
- エンジン最大トルク
- 343Nm/5000rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。