フェラーリの名を冠す以上、動力性能に関してもはや素人がとやかく心配する範疇ではない。ではこのクルマの性質上、次に必要とされるものは何か?「日常モード」も魅力だ。
「走る美しさ」を備えている
グリジオチタニオに身を包んだフェラーリGTC4ルッソTが目の前に佇んでいる。
雨空の下、そのボディは鈍く光を反射し、雲間から差し込むわずかな陽の光を受けて妖艶な輝きを放っている。
フェラーリ特有の美しいプロポーションが、曇天すらキャンバスに見立ててしまったかのようだ。
GTC4ルッソTは、フェラーリ初のFRレイアウトのシューティングブレークモデルである。
シューティングブレークとは、クーペとワゴンを融合させたボディスタイルのことを指すが、ルッソTの場合、そのスタイリングは単なるクーペやワゴンの概念を超越している。
フロントには3.9リッターV8ツインターボエンジンを搭載し、最高出力610ps、最大トルク760Nmを誇る。
ドアを開けると、フェラーリならではの「カチリ」という重厚な音が耳に心地よく響く。ボディカラーと同じく個性的な色合いのシートに身を沈めると、レザーの上質な香りが鼻腔をくすぐる。
シートのホールド感は適度で、イタリアの伝統を感じさせる美しいステッチが随所に施されている。
インテリアの造形美はまさに「機能と芸術の融合」だ! と、ひとり興奮する。
スタートボタンを押すと、V8エンジンが目を覚ます。ターボエンジンでありながら、フェラーリらしい乾いたサウンドが響く。
アイドリング中でもその存在感は圧倒的だ。
アクセルを軽く踏み込むと、エグゾーストノートが室内に響き、背筋に心地よい緊張が走る。この音を聞くだけで、ルッソTがただのスポーツカーではないことがわかる。
走り出すと、まず驚かされるのはステアリングの感触だ。ダイレクトで正確なレスポンス。軽すぎず重すぎない絶妙な重さがあり、手に伝わるインフォメーションも豊かだ。
ステアリングを切った瞬間、4輪操舵(4WS)がわずかに後輪を切り込み、スッと車がラインに乗る。この車の全長を感じさせない軽快さがある。
このグリジオチタニオのボディが街を駆け抜ける姿を、少し離れた場所から見てみたい——そう思わせるほどに、GTC4ルッソTは「走る美しさ」を備えている。
一気に「獣」へと変貌する
GTC4ルッソTが本領を発揮するのは、タイトなコーナーに差し掛かったときだ。ステアリングを切ると、車体が前後左右に一体感を持って動く。きっとフォーミュラマシンに乗った感覚も、こんなだろう。
3.9リッターV8ツインターボエンジンは、2000回転も回せば760Nmという膨大なトルクを発揮し、怒涛の加速を見せる。ターボラグは皆無といっていい。
ターボエンジン特有の「一拍遅れてからの加速感」がまったく感じられない。まるで自然吸気エンジンのように、アクセルに対して瞬時に反応し、スムーズにパワーを供給していく。
マネッティーノスイッチをSPORTモードにすると、ルッソTは一気に「獣」へと変貌する。
トラクションコントロールが介入しながらも、ドライバーの意図をしっかり汲み取ってスライドを許容する。
ブレーキングもリニアで、カーボンセラミックブレーキがしっかりと車を減速させる。
ステアリングに伝わる路面からのインフォメーションは正確で、フロントにエンジンを積んでいるとは思えないほど自然な回頭性がある。
電子制御4輪駆動(4WD)モデルのGTC4ルッソに対し、ルッソTはFRレイアウトを採用しているため、コーナリング時の挙動はよりナチュラルでスポーティだ。
エグゾーストノートは、高回転域に達すると甲高く響き渡る。シフトダウン時には「バンッ」という鋭いブリッピング音。まるでモダンF1マシンのようなサウンドが耳を震わせる。
GTC4ルッソTはただのスポーツカーではない。日常の中に潜む非日常。それを自在に引き出せるところに、この車の本質がある。
必要に応じて「抑える」こと
GTC4ルッソTの真価は、ワインディングを駆け抜けたあとに訪れる「日常モード」である、と僕は思う。
マネッティーノをCOMFORTに戻すと、サスペンションが一気にしなやかに変化する。
タウンスピードでも不快な振動が伝わることはなく、7速DCTはスムーズにギアをつなぎ、静かに車が進んでいく。
この切り替わり方が自然なのが、ルッソTのすごいところだ。強大なパワーを持ちながらも、それを必要に応じて「抑える」ことができる。
フェラーリでありながら、まるで高級サルーンに乗っているかのような感覚にさえなる。
そして何より驚かされるのは、実用性の高さだ。4シーターでありながら、リアシートの広さは十分。大人が座っても窮屈さを感じないし、リアシートを倒せば大容量の荷室が出現する。
ゴルフバッグどころか、スーツケースを2つ積んでも余裕がある。
そして、街中でもその存在感は圧倒的だ。グリジオチタニオのボディが、夕暮れの街並みに静かに溶け込んでいく。
信号待ちで隣に並んだドライバーがルッソTに視線を送る。しかし、オーナーはそれを特別なこととは感じないだろう。なぜなら、これが「日常」だからだ。
日常と非日常をシームレスに繋ぐフェラーリ——それがGTC4ルッソTである。
この一台は、フェラーリが「スポーツカーの新しい定義」を提示したモデルだ。そしてそれは、どこまでもエレガントで、パワフルで、そして美しい。
SPEC
フェラーリGTC4ルッソT
- 年式
- 2017年式
- 全長
- 4920mm
- 全幅
- 1980mm
- 全高
- 1380mm
- ホイールベース
- 2990mm
- 車重
- 1865kg
- パワートレイン
- 3.9リッターV型8気筒ツインターボ
- トランスミッション
- 7速AT
- エンジン最高出力
- 610ps/7500rpm
- エンジン最大トルク
- 760Nm/3000~5250rpm
- タイヤ(前)
- 245/35ZR20
- タイヤ(後)
- 295/35ZR20
上野太朗 Taro Ueno
幼少から車漬け。ミニカー、車ゲーム、車雑誌しか買ってもらえなかった男の末路は、やっぱり車。今、買って買って買ってます。エンジンとかサスとか機構も大事だけれど、納車までの眠れない夜とか、乗ってる自分をこう見られたいとか、買ったからには田舎に錦を飾りにいきたいとか、そんなのも含めて、車趣味だと思います。凝り固まった思想を捨てたら、窓越しの世界がもっと鮮やかになりました。