一世代前のヴァンテージを締めくくる110周年記念車。カーボンを纏いながらも、その佇まいは驚くほど静かで抑制的だ。だが走り出せば、制御の奥に残された熱がゆっくりと顔を出す。節度の奥に潜む、本能的なスポーツカーの気配を確かめた。
前に出過ぎない節度
このヴァンテージは、静かだ。
この世代最終の限定車。カーボンが与えられ、価値という言葉で飾ることもできる一台だが、佇まいは驚くほど抑制的である。
ラインは張りつめ、面は引き締まり、装飾は語りすぎない。
そして、走り出してすぐに気づく。このクルマは、こちらの出方を見ている。
現代の高性能車は、ほとんどが賢く、ほとんどが優しい。環境規制と電子制御のもとで、速さも安全も、あらかじめ整えられている。
だがこのヴァンテージは、どこか違う。
ステアリングに込めたわずかな力、アクセルの踏み込みの深さ、そのすべてが
曖昧に処理されない。
制御はある。だが、支配はしない。
クルマが前に出るのではなく、あくまで人の意思が先にある。
その順番が、きちんと守られている。
互いに求め合いながら
現行ヴァンテージが洗練されたパートナーだとすれば、この一世代前の最終型はもっと近い存在だ。
そして、近いが、甘くはない。
互いの呼吸を測りながら、少しずつ距離を縮めていく。
不用意な操作には応えず、集中を求める。
だがその一方で、動き出した瞬間の反応は濃密だ。ボディの凝縮感、路面の情報、エンジンの鼓動。
すべてが薄まらず、そのまま伝わってくる。
そう、このクルマには、英国紳士のような節度がある。
振る舞いは上品で、声を荒げることはない。だが、内側には確かな力が宿っている。
濃密な時間を過ごしたいなら
抑えられているからこそ、わずかな解放が強く感じられる。
その感覚は、現代の完璧な高性能車ではなかなか味わえない。
速さのための数字ではなく、制御の内側に残された熱が、静かにドライバーを試してくる。
サイズはコンパクトだが、密度は高い。気軽さではなく、濃さがある。
このヴァンテージは、万人に薦められるクルマではない。
だが、クルマと向き合うことを楽しんできた人には、確実に刺さるだろう。
完璧さの時代に、まだ人の感覚が入り込める余白がある。
それは乱暴さではなく、品格を保ったまま残された衝動だ。
最終後期という言葉は、終わりを意味するものではない。
むしろ、最も濃く、最も静かな形で完成した証なのだと思う。

河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。

























