回して、つないで、さらに踏み込む。リアが流れる感覚を受け止めながら、コーナーを抜けていく。それだけのことが、ただただ楽しい。
INDEX
“エンジン屋”の本領
プレミアムサンセットモーブ・パール。この名を聞いて、すぐに具体的な色を思い浮かべられる人は少ないかもしれない。
遠目には黒に見えるが、近づくと濃い紫が浮かび上がる。どこか90〜00年代の国産スポーツカーを思わせるような、“走り”の雰囲気が漂う色だ。
だからといって古さを感じさせるわけではない。ブルーの幌が遊び心のある組み合わせになっていて、重さを抑えつつ、全体に抜けのある印象に仕上がっている。コンディションの良さも相まって、いまでも十分に新鮮さを感じさせてくれる。
そしてこのS2000は、そんな見た目の印象を裏切らない。オープンボディ、FR、6速マニュアルという構成に、ホンダらしい高回転志向のエンジンを組み合わせた、硬派なスポーツカーだ。
その2.2リッターエンジンに搭載されるのが、ホンダの伝家の宝刀「VTEC」。可変バルブタイミング機構により、一定の回転数を超えるとカムプロファイルが切り替わり、吸気音もレスポンスもまるで別物になる。高回転まで回してこそ本領を発揮する特性は、まさにエンジンで勝負していた時代のホンダそのものだ。
あの、もう一段ギアが上がったような感覚──それを味わってしまうと、もう普通のNAには戻れないとさえ思えてくる。
もっと回せ
アクセルを踏むと、S2000はすぐに応えてくる。トルクは薄い。だが、それを補って余りある高回転の伸びが、このエンジンのすべてを物語っている。
回転計が6000rpmを超えたあたりで、VTECが顔を出す。エンジンが目を覚ますという言葉がぴったりだ。ギアを繋ぎ、さらに回す。それだけで、どこまでも行けそうな気がしてくる。
このVTECがもたらす高回転域の性能を最大限に引き出すため、S2000は設計段階から徹底的に回すことを前提に組まれている。たとえば、軽量な鍛造ピストン、低フリクション設計のバルブトレイン、極めてショートなストローク比──そのどれもが、8000rpmを超えて吹け上がるエンジンを成り立たせるための土台だ。
ただし、それは同時に限界の近さと隣り合わせの性能でもある。ホンダのVTECユニットは、高回転域での刺激と引き換えに、耐久性や熱へのケアも必要とする。まるで身を削るように走る。それでも、回したくなる。そのスリルと背徳感も、むしろ魅力に思えてくる。
この感覚、何かに似ていると思った。そう、イタリア車だ。
エンジンが、もっと回せと語りかけてくるような感覚。機械でありながら、どこか情熱的だけど、繊細な一面も持つ。「和製イタリア車」という言葉が、これほどしっくりくるクルマもそうないだろう。
楽しさ最大追求型
幌を開ければ、空と地面が一気に近づき、視界も音も風も、すべてがダイレクトに飛び込んでくる。風を感じるだけで、ワクワクが何倍にも広がっていく。
コーナーの手前では、迷いなくエンジンブレーキを使う。ブリッピングで回転を合わせながら、3速、2速へとシフトダウンしていくと、まるでクルマと会話しているような一体感が生まれる。
ヒール&トウが決まったときの感触は格別だ。ブレーキペダル以上に「減速を操っている」という実感があり、金属同士がかっちりと噛み合うような節度あるシフトフィールもまた、心地いい。
そして、リアがそっと流れる瞬間のコントロール性。これは、まさにスポーツカーの教科書のような動きだ。その挙動を感じながら、こちらが合わせていく。無理をしている感覚はなく、ただ、FRという構成ならではの楽しさが、自然と伝わってくる。
回して、つないで、また回す。シフトを切り替え、エンジンブレーキを効かせて、さらに踏み込む。そんな風にせわしなく操作しながら走る──ただそれだけのことが、こんなにも楽しいと感じられる。走ることの楽しさをとことん追求したクルマ、それがS2000だ。
万全の状態だからこそ
そんなふうに、ただ走ることを心から楽しめるのは、この個体が、それにしっかり応えてくれる状態にあるからだ。走行距離は、わずか18000km。数字としても希少だが、整備も丁寧に行われてきたことが記録簿から読み取れる。
約1年前には、クラッチマスター、レリーズシリンダー、クラッチホースなどの駆動系部品に加え、バッテリーやファンベルト、エアクリーナーといった補機類、さらにミッションオイルやデフオイル、エンジン周辺のガスケットなどを交換した記録が残っている。
新車のように手つかずなわけではない。だが、手間と時間を惜しまれず注がれてきた痕跡こそが、このクルマの素性の良さを物語っている。
イタリア車で例えるなら、フェラーリの「クラシケ認定」のように。もしホンダにも同じような制度があったなら、この一台は、きっとその対象になっていたはずだ。細かな部品まで手が入り、整備記録もきちんと残されている。
そして何より、現在のコンディションこそが、この個体の信頼性を裏づけている。 艶やかな塗装、丁寧に扱われてきたことが伝わるインテリア──どこを見ても、年式を感じさせないほど整っている。きちんと手をかけ、維持されてきたことがすぐに感じ取れる。
真価がみたいなら
いま、S2000はプレミアがつく国産スポーツカーの代表格になっている。
新車時のおよそ300万円台だった価格は、状態の良い個体に限れば、その倍近い水準にまで達している。もともと高性能なエンジンに、稀少なFR・6MT・オープンという組み合わせが評価されてきたのは間違いない。だが、それ以上に、時代が変わり、そうした純粋なスポーツカーが姿を消しつつある今だからこそ、その価値があらためて浮かび上がっている。
このクルマのエンジンは、量産車でありながらレブリミットは8200rpmという、今では考えられないような高回転型ユニットだ。排ガス規制や効率優先の波により、もう二度と世に出ることのない絶滅危惧種ともいえる存在である。
加えて、ノーマルのまま、ここまでの状態を保っている個体自体がきわめて少ない。走行18000kmという数字だけでなく、機関・内外装のコンディション、どれをとっても説得力がある。
価格が新車時の倍近くになっていることに、違和感はない。それは単なるプレミアではなく、この個体が今このタイミングで残っていることへの正当な評価なのだ。
このS2000は、いまもなお走ることの純粋な楽しさを体現している。けれどそれは、懐かしさに浸るためではなく、むしろいまだからこそ新鮮に感じられる体験だ。ハイブリッドやEVが当たり前となった時代に、高回転NAエンジンと6速MTを操る感覚は特別だ。
投機的な価値があるのも事実だろう。ガレージに飾るだけでもきっと満足できる。でも、いざ走り出せば、そんな価値観はどこかへ吹き飛ぶ。ただひたすら、走ることが楽しい──それこそが、このクルマの真価だ。
SPEC
ホンダ・S2000
- 年式
- 2009年式
- 全長
- 4135mm
- 全幅
- 1750mm
- 全高
- 1285mm
- ホイールベース
- 2400mm
- 車重
- 1250kg
- パワートレイン
- 2.2リッター直列4気筒 DOHC VTEC
- トランスミッション
- 6速MT
- エンジン最高出力
- 242ps/7800rpm
- エンジン最大トルク
- 221Nm/6500rpm
- サスペンション(前)
- ダブルウィッシュボーン
- サスペンション(後)
- ダブルウィッシュボーン
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。