効率や合理性だけでは測れない豊かさを宿した、1992年のプレリュード。VTECと4WSが生む独特の対話感と、使い切らない余白。その“余裕”こそが、日常を少しだけ特別なものに変えてくれる。
スポーツカーのような
ホンダ・プレリュードというクルマは、いつの時代も少し特別な存在だった。
単なるスポーツクーペではない。
その時代ごとの先進技術を惜しみなく投入し、どこかラグジュアリーな空気をまとっていた。
4代目となるこのモデルも、その例外ではない。
1991年に登場したこのプレリュードは、それまでのイメージを大きく変えた一台だ。
ワイドで低く、伸びやかなシルエット。
ドライバーズシートに収まると、地面に吸い付くような着座位置と、見切りの良い前方視界が広がる。
それは単なるクーペというより、どこか“スポーツカー”に近い感覚だ。
時代が生んだ豊かさ
搭載されるのは、2.2リッターのDOHC VTECエンジン。
回転を上げるにつれて性格を変えていく、あのフィーリング。
高回転まで澄み切ったまま吹け上がるその感覚は、今なお鮮やかだ。
さらにこのクルマには、4WS(四輪操舵)という当時のホンダらしい先進技術も備わる。
しなやかな足まわりと相まって、人とクルマが対話するような独特のドライビングフィールを生み出している。
だが、このクルマの魅力はスペックだけでは語りきれない。
現代の視点であらためて見ると、このプレリュードには確かな“余裕”がある。
バブル期という時代背景の中で、効率や合理性だけではない豊かさがクルマに込められていた。
それが今、とても贅沢に感じられる。
今だからこそ
ふと、このクルマに乗っていて考えた。
最も近い感覚のクルマは何だろうかと。
まったく異なる生い立ち、異なる思想で作られているはずなのに、どこか古いポルシェ・911に通じるものがある。
低い着座位置。
視界の良さ。
2ドアでありながら、後席にどこか余白を感じるパッケージ。
そして何より、日常の中でふと顔を出す“スポーツカーらしさ”。
もちろん、ドライビングフィールそのものは大きく異なる。
だがひとつ、面白い共通点がある。
それは、搭載されたエンジンを完全には使い切れないということ。
ホンダのATも、空冷911のティプトロニックも、本来の性能をすべて引き出すには、やはりMTに分がある。
だが、その“持て余し方”こそが、この時代の魅力だ。
すべてを使い切る必要はない。
少し余白があるくらいがいい。
その余白こそが、クルマとの関係に豊かさを生む。
このプレリュードは、速さを競うためのクルマではない。
日常の中で、ふとした瞬間に特別な気分を与えてくれる存在だ。
そしてその感覚は、今だからこそ、より鮮明に感じられるのかもしれない。

河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。























