色も、音も、距離感も。洒落た大人のセンスで乗るヴィンテージ911。若さだけじゃない、積み重ねと磨き上げが生む、いまの格好よさ。遊び心と落ち着きが、心地よく同居している。
色彩のコントラスト
木漏れ日の舗道に止まる、ひときわ鮮やかなグリーン。少しレトロな町並みにも、モダンな建物の前にも、なぜか似合ってしまうのがこの964の不思議だ。色の名はシグナルグリーン。人目を引く色ではあるが、決して押しつけがましくない。
キャビンに目を移せば、ベージュレザーが穏やかに迎えてくれる。柔らかな手触りとわずかな皺が、丁寧に使い込まれてきた年月を静かに語る。手入れが行き届いていることを感じさせる、程よいヴィンテージ感。レザー巻きのステアリングにも当時の趣が残り、メーターやダッシュパネルの黒と織りなすコントラストが印象的だ。
インテリアに漂うクラシカルな香りと、外装のポップな色彩。組み合わせとしては挑戦的なはずなのに、不思議と調和が取れている。ファッション上級者が意図せず抜け感を生み出してしまうような、自然体の洒脱さがある。
空冷サウンドを味わいながら
911の中でもとりわけこの964型には、ヴィンテージと現代性の絶妙な接点に立つような魅力がある。博物館に展示されるようなクラシックでもなければ、テクノロジー満載の現代的な車でもない。そのちょうど中間にある立ち位置。
たとえばミッションのティプトロニック。ATという選択肢が、肩の力を抜いてくれる。搭載されているのは、ポルシェが911に初めて導入したマニュアルモード付き4速AT。通常のドライブレンジでは2速から発進する設定で、1速は自動的には選ばれず、ドライバーが手動でシフトダウンしたときにのみ使われる。走行中の多くの場面では1速を介さないため、実質的に3速構成だ。
現代の8速や9速ATのようなシームレスさとは違い、やや間延びした変速のリズムが、この時代の空冷エンジンとは不思議とよく馴染む。空冷ポルシェのサウンドを味わいながら、おおらかに流す。それが、この964を走らせるいちばんの愉しさかもしれない。
速さや正確さとは別のところにある心地よさ。現代のクルマから見れば小さな車体と、ゆったりとした変速の間が、気負わず付き合える距離感をつくっている。
気負わずにヴィンテージを
ヴィンテージカーというと、その魅力と引き換えに、ある程度の我慢や制約を受け入れる覚悟が必要とされる。だが、この個体には、そうした我慢を和らげてくれる現代的な装備が備わっている。
たとえばインフォテインメント。装着されているのは、ポルシェが公式に展開している「Porsche Classic Communication Management(PCCM)」ユニット。クラシックモデルの内装に調和するデザインながら、Bluetoothやナビ、USBなど現代的な機能が揃う。見た目はクラシックでありながら、スマートフォンとの接続もストレスがなく、音楽やナビも思いのままだ。
加えて、バックカメラも追加されている。映像はルームミラー内に表示され、クラシックな内装の雰囲気を損なうことなく、現代的な安心感を添えている。ヴィンテージらしい素材感と最新の機能が、互いを邪魔せずに共存している。それは、長く大切にされてきたアイテムを、いまの暮らしに馴染ませて使うような感覚だ。
不便を味わうこともヴィンテージカーの楽しみの一つだ。この964は、そんな感覚をきちんと残しながら、無理なく付き合える快適さも備えている。肩肘張らずに、ヴィンテージのある暮らしを楽しむ——そんなスタイルにぴったりの存在だ。
年を重ねてなお、魅力的に
ヴィンテージポルシェというと、コレクターズアイテムとしての側面が強調されがちだ。ましてや、走行わずか3.7万キロの964型となれば、熱心なファンが放っておくわけもない。だが、この964は、希少性だけでは語れない価値を備えている。約10年前には大幅なオーバーホールが施され、それ以降も、ほぼ毎年のように点検や整備が行われてきた履歴が、記録簿や明細書としてしっかりと残されている。
内装のレザーやスイッチ類も、完璧なレストアで新車のように仕上げる選択肢もあったはずだが、この個体は、そうしていない。レザーのシワも、時を重ねた風合いも、そのまま受け入れている。だからこそ作られた雰囲気はない、リアルな時間の蓄積がある。
イケメンが歳をとれば、そのままイケオジになれるわけではない。歳を重ねるなかで、身につけるものや所作を少しずつアップデートしながら、若い頃の魅力をきちんと残している——そのバランスがあるからこそ、大人の格好よさは成立する。この964もまた、若い頃の輝きを内に秘めたまま、そんなふうにアップデートを繰り返しながら成熟した存在へと自然に移行している。
シャシーコードやオプションコードにこだわるのも、ヴィンテージカーの醍醐味だ。この個体のように、履歴が明確でコンディションの良い車であれば、その愉しみはなおさら深みを増す。
だがそれと同時に、この964には、もっと感覚的な魅力も宿っている。たとえば、使い込まれた家具に触れたときのような、温度と質感のある存在感。だからこそ、このクルマを楽しむのにクルマ好きである必要はない。
ファッションや音楽、アートを楽しむように、気負わずに、このクルマとの時間に向き合って欲しい。たとえば特別な日に、少しだけ背筋が伸びる服を選ぶように。この964と過ごす時間は、誰かに見せたくなる高揚と、自分にだけわかる満足、その両方が何気ない一日を特別にしてくれる。
SPEC
ポルシェ・911カレラ2
- 年式
- 1991年式
- 全長
- 4245mm
- 全幅
- 1650mm
- 全高
- 1310mm
- ホイールベース
- 2272mm
- 車重
- 1395kg
- パワートレイン
- 3.6リッター水平対向6気筒
- トランスミッション
- 4速AT(ティプトロニック)
- エンジン最高出力
- 250ps/6100rpm
- エンジン最大トルク
- 310Nm/4800rpm
河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。