• アウディ / R8(2011)

どこまでも走り続けたくなるR8

R8といえば、美しいデザインや高い完成度が語られることが多い。しかし6速マニュアルへ触れた瞬間、このクルマの本質は別のところにあると気付かされた。ゲート式シフトを操り、高回転まで回し切る歓び。その体験は、目的地さえ忘れさせるほど濃密だった。

アウディ・R8(2011)どこまでも走り続けたくなるR8

色褪せないデザイン

RESENSEではこれまで、新旧さまざまなR8を取り扱ってきた。

V8もV10も、限定車も後期モデルも。

私自身もオーナーとしてR8を楽しんできたことがあり、この車の魅力は理解しているつもりだった。

しかし今回、初めて初期型の6速マニュアルへ乗り、その認識は少し変わった。

「R8とは、こんなにも純粋なスポーツカーだったのか。」

それが率直な感想だった。

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初代R8がデビューしたのは2006年。

約20年という年月が流れた今でも、その姿はまったく色褪せない。

スーパーカーらしい低く構えたシルエット。

サイドブレードという唯一無二のアイコン。

しかしフェラーリやランボルギーニのように極端なエッジを効かせることなく、面の美しさで魅せる造形だからこそ、時代を超えても色褪せない。

改めて、このデザインは本当によくできている。

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6速MTの一体感

ドアを開け、シートへ身体を預ける。

そして目に飛び込んでくるのが、美しく磨かれたゲート式シフトだ。

アルミのプレートへ刻まれたシフトゲート。

そこへシフトレバーを滑り込ませた瞬間に伝わる金属同士が触れ合う感触。

ミッドシップフェラーリのMTを思わせる機械的な心地よさがあり、エンジンを始動する前から気持ちを高揚させてくれる。

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そして、走り出して最初に感じたのは、軽さだった。

数メートル走っただけでわかる軽快さ。

これまで前期のRトロニックや後期のSトロニックでは、そのダイレクト感の違いばかりへ意識が向いていた。

しかしMTへ乗ると、比較の軸そのものが違っていたことに気付かされる。

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クラッチをつなぎ、自らギアを選び、エンジン回転を合わせる。

その一連の操作が加わることで、R8は機械ではなく、自分の身体の一部になっていく。

これほど自然に、ミッドシップスポーツと対話できる車があったのかと思うほどだった。

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回すことそのものが

そして4.2リッター自然吸気V8。

現代のスーパーカーと比べれば、決して圧倒的なパワーではない。

しかしアクセルを踏み込めば、その評価がいかに数字だけのものだったかを思い知らされる。

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回転計の針は、まるで抵抗という概念を知らないかのように軽やかに駆け上がる。

8000rpmまで一直線に吹け上がるそのフィーリングは実に爽快で、もっと回したい、もっと走らせたいという気持ちが自然と湧き上がってくる。

速さではない。

吹け上がること、そのものが楽しいのである。

これこそが自然吸気エンジンの魅力なのだろう。

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本当の意味での名車

R8は、アウディが生み出したスーパーカーである。

しかし乗れば乗るほど、その印象は変わっていく。

扱いやすさや品質の高さだけでは語れない。

この6速MTには、人が操る歓びが凝縮されている。

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気付けば目的地はどうでもよくなっている。

もう少し先まで。

あと一つ峠を越えてみよう。

そんな感覚の積み重ねが、この車との時間を長くしていく。

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このR8は、速く走るためのスーパーカーではない。

どこまでも走り続けたくなるスーパーカーである。

そして、その感覚を味わえる6速マニュアルは、今となっては二度と生まれないかもしれない。

だからこそ、この一台は希少車という言葉だけでは語り尽くせない。

運転する歓びそのものを未来へ残してくれる、本当の意味での名車なのである。

アウディ・R8(2011)どこまでも走り続けたくなるR8
Written By
HIROYUKI KONO

18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どん...

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