かつて鋭さで魅せた720Sは、牙を収めたような佇まいへと深化していた。圧倒的な能力を声高に語らず、日常の速度域で淡々と振る舞う。その余裕こそが、この個体が辿り着いた完成度の証である。
角がとれた乗り味
久々に触れた720Sは、記憶の中にあった姿よりも、はるかに落ち着いていた。
今回の個体は2022年式。720Sとしては最終型に近い年式だ。
その影響もあるのだろう。かつて抱いていた鋭さや緊張感が前面に出る印象は和らぎ、全体として角の取れた乗り味に仕上がっている。
それは刺激が後退したという意味ではない。むしろ完成度が一段、深い領域へ移った感覚に近い。
隠しきれない迫力
直近でマクラーレン GTに乗った際、そのしなやかさには驚かされた。路面を受け止める足の動き、過剰な主張のないキャラクター。GTはブランドの懐の深さを示す一台だった。
だが720Sは、明確に立ち位置が異なる。
走り出した瞬間から、このマシンが秘める迫力は隠しきれない。GTが「快適さの中に性能を忍ばせている」とするならば、720Sは「能力そのものが沈黙している」感覚だ。
アクセルをわずかに踏み込むだけで、車体は余裕をもって応える。だが反応は決して荒々しくない。
エンジンも足まわりも、自らを誇示しようとはしない。ただ「必要ならいつでも応える」と言わんばかりに控えている。
この余裕こそが720Sの本質だ。
その先に広がる実力を、日常では使い切ることがない。だからこそスーパーカーでありながら、穏やかな時間を成立させられる。
スペックの向こう側に
720Sはドライバーを急かさない。
もっと踏め、もっと攻めろとは迫ってこない。むしろこちらの成熟度を静かに試しているようでもある。
その挙動に似合うのは「速さ」よりも「制御された力」という表現だろう。
これはスーパーカーというより、高度に完成された運動性能の器だ。
ハンドルを握っていると、数値を語ること自体がどこか野暮に思えてくる。
720Sが示しているのはスペックの先にある世界である。圧倒的な能力を持ちながら、それを前面に出さず、平常の速度域で淡々と振る舞う。
それは真に特別な存在にしか許されない態度だ。
マクラーレン720Sは、落ち着きの奥に、まだ誰も触れていない領域を深く潜ませている。
その事実だけで、この個体は十分すぎるほど特別である。

河野浩之 Hiroyuki Kono
18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。

















