ジャガー・FペイスSVR(4WD/8AT)高純度の“スポーツカー”

サヴィル・ロウのスーツに身を包んだ外見は、英国紳士そのもの。だがその素性は、パブリックスクール育ちのフィジカルエリート。ジェントルマンの顔をしたまま、ひとたび路上に出れば、誰よりも強いストリートファイター。それがFペイスSVRだ。

サヴィル・ロウのスーツに身を包んだ外見は、英国紳士そのもの。だがその素性は、パブリックスクール育ちのフィジカルエリート。ジェントルマンの顔をしたまま、ひとたび路上に出れば、誰よりも強いストリートファイター。それがFペイスSVRだ。

育ちの良さの中に

ぱっと見には、特別なモデルには見えないかもしれない。装飾は控えめで、グリルの小さなSVRバッジがさりげなく主張している。全体のラインやプロポーションも上品で、ひと目で育ちの良さが伝わってくる。

その印象は室内でも変わらない。プレミアムパーフォレーテッド・ウィンザーレザーが用いられたインテリアは、素材の質感も仕立ても上質そのもの。金属調パーツの質感やパネルのつながりも丁寧で、ジャガーの高級サルーンXJやXEに通じる格式が漂っている。

だがその中に、育ちの良さだけでは説明できない異質なパーツがちらほらと顔を出す。たとえばフロントバンパー。大きく開いたエアインテークと立体的なリップスポイラーは、明らかに通常のFペイスとは違う設計だ。

そして、室内でもうひとつ目を引くのが、SVR専用の「14ウェイ・スリムライン・パフォーマンスシート」。薄型ながらしっかりとした剛性があり、張り出したサイドボルスターが高いホールド性を生み出している。本格的なスポーツモデルに採用される、あの薄くて体をがっちり支えるシート。それが、このSUVにそのまま載っているような印象だ。

そして、シートに腰を下ろすと、その違和感ははっきりと伝わってくる。着座位置そのものは変わらないはずなのに、沈み込むような姿勢が視座を低くし、SUVとは思えない没入感のある視界が広がる。気づけば、ドライビングへのスイッチが自然に入っている。これは、明らかに普通のFペイスとは違う。

ジャガー・FペイスSVR(4WD/8AT)高純度の“スポーツカー”

踏み込んだ瞬間、豹変する

エンジンスタートの瞬間に、すでに片鱗は見える。アイドリングは静かめだが、明らかに只者ではない振動を伝えてくる。アクセルを踏み込むと、一気に豹変。5.0リッターV型8気筒スーパーチャージャーが、重たい車体を力任せに蹴り出す。550馬力、700Nm、0-100km/h加速は約4.0秒台という数値を事前に見ていたはずなのに、体感はもっと速い。

アクセル操作に対する反応がリニアで、ブレーキも自然な減速フィール。トランスミッションは8速AT。スポーツモード(ダイナミックモード)では、しっかりと高回転まで引っ張ってくれる。ステアリングもクイックで、車両の大きさを感じさせない。

もはやこれは、SUVというより、車高の高いスポーツカーだ。その感覚を裏づけるのが、Fペイスとして初採用されたリアエレクトロニックアクティブディファレンシャルと、FRベースのトルクオンデマンド式四輪駆動システム。通常走行時にはほぼ後輪だけで駆動し、必要に応じて前輪にトルクを配分する設計が、SUVでありながらもリア駆動らしい蹴り出しと旋回性を生み出している。つまり、4WDでありながらFR的な駆動感──走りの質感は、SUVというよりピュアスポーツのそれだ。

そして何より、音がいい。エンジンを回すたびに響く、勇ましいV8の咆哮。カーブの入口でギアを落とした瞬間、背筋がゾクッとするような音が背中を押す。これはただの演出ではなく、アドレナリンを一気に放出させ、ドライバーをやる気にさせてくれる本物の熱量だ。

ジャガー・FペイスSVR(4WD/8AT)高純度の“スポーツカー”

キャラ変させた張本人

もともとのFペイスは、よくできた優等生だった。上品で使いやすく、走りもスマート。英国ブランドらしい抑制が効いていて、ラグジュアリーSUVとしての育ちの良さをきちんと備えていた。

だが、その優等生を、ここまでのフィジカルエリートに変貌させた張本人がいる。

ジャガー・ランドローバーの高性能部門「SVO(Special Vehicle Operations)」だ。設計からチューニングまでを一手に担い、Fタイプやレンジローバースポーツなどに、特別仕様のSVRを仕立ててきた。このFペイス SVRも、まさにその系譜に連なる一台である。

彼らは、Fペイスの持つ上質さをそのままに、走りの性能と刺激だけを極端に増幅させた。エンジンだけでなく、シャシー、ブレーキ、排気、足まわり、制御ロジックまでもが別設計。パーツ単位ではなく、性格そのものを作り替えられている。

SVRの“R”は正式な略称ではないものの、「Racing」を意味するとされている。その名のとおり、この一台には、走りに特化した才能が宿っている。元のFペイスにはなかった粗さ、速さ、そして音の熱量──スポーツカーに必要なすべてが、SVOの手によって注ぎ込まれている。

ジャガー・FペイスSVR(4WD/8AT)高純度の“スポーツカー”

今しか味わえない

このFペイスSVRのようなクルマは、他にあまり見当たらない。

たとえばポルシェ・カイエンGTSやメルセデスAMGのGLE63。どれもこのクラスを代表するライバルたちだ。いずれも速く、洗練された仕上がりを持っている。だが、FペイスSVRの方が、より“スポーツカー”としての純度が高い。たとえるなら、911とカイエンの関係よりも、FタイプとFペイスSVRのほうが明らかに距離が近い、と言えば伝わるだろうか。それでいて、ジャガーらしい気品も備えている。

ただ、日本市場では決して多くを語られてきたモデルではない。ドイツ車ほどのブランドバリューも、市場での人気もない。けれど、それがむしろ“美味しさ”につながっている。街で同じクルマとすれ違うこともほとんどなく、人と被らない。まさに、「隠れた名車」と呼ぶにふさわしい存在だ。

2022年式の現行型後期モデル。デザインの洗練、装備の最新化、走行性能の熟成を経て、ひとつの完成形に到達している。新車時には1,500万円を超えていたこのモデルも、今の中古市場では、1,000万円を下回る個体も見られる。

けれど、その価値が下がったとは思えない。むしろ、電動化の波が押し寄せ、大排気量エンジンが姿を消していくこの時代において、このFペイスSVRのような存在は、これからそう簡単に生まれてこないだろう。

仕立ての良いスーツに身を包んだフィジカルエリートが、本気で走る姿を見られるのは、いましかない。

ジャガー・FペイスSVR(4WD/8AT)高純度の“スポーツカー”

SPEC

ジャガー・Fペイス SVR

年式
2022年式
全長
4747mm
全幅
2071mm
全高
1664mm
ホイールベース
2874mm
車重
2133kg
パワートレイン
5リッター V型8気筒スーパーチャージド
トランスミッション
電子制御8速AT
エンジン最高出力
550ps/6250rpm
エンジン最大トルク
700Nm/3500rpm
サスペンション(前)
ダブルウィッシュボーン式独立懸架
サスペンション(後)
インテグラルリンク式独立懸架
  • 河野浩之 Hiroyuki Kono

    18歳で免許を取ったその日から、好奇心と探究心のおもむくままに車を次々と乗り継いできた。あらゆる立場の車に乗ってきたからこそわかる、その奥深さ。どんな車にも、それを選んだ理由があり、「この1台のために頑張れる」と思える瞬間が確かにあった。車を心のサプリメントに──そんな思いを掲げ、RESENSEを創業。性能だけでは語り尽くせない、車という文化や歴史を紐解き、物語として未来へつなげていきたい。

    著者の記事一覧へ

メーカー
価格
店舗
並べ替え